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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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ベトナム人の英語
ベトナム人といってもホーチミン市で話されている英語はかなりブ
ロークンで、Kings EnglishやAmerican Englishを習った日本
人には慣れないと聞き取りにくいことがままあります。

ここでは英語は公用語と同じぐらい話されていますが、独特の発音をする人が
たくさんいます。ベトナム戦争中に南部のアメリカ人が兵士として
たくさんベトナムに送り込まれてきた影響なのかもしれません。話
すことがメインで書いたり、読んだりは二の次のようです。

一流のコンチネンタルホテルの広告でも簡単な英語のスペルが2
つも違っていました。ベトナム人は多少綴りが違っていても、あまり
気にしません。違っててるよ。と注意してあげても、意味はわかる
だろう?を言われるのが落ちです。

看板
Haft Price と Violon って違っていますよね
ベトナムの教育制度
NGUYEN TAT THANH 大学
グエンタッタンはホーチミン主席の若いときの名前です。
01大学 (1)  02大学 (2)  93大学 (3)


04大学 (4)  05大学 (5)  06大学 (6)


07大学 (7)  08大学 (8)




教育行政
教育の中央行政機関は教育訓練省(Ministry of Education and Training)です。
教育行政は国・省・市町村の各レベルで担当しています。



教育制度の歴史

1981年 
南北統一後、旧南ベトナムの学校制度を採用することが決まりました。

1989年
全国的に学校教育制度が一本化されました。

1991年
初等教育の5年間を義務教育とすることが決まりました。

1993年
ハノイ総合大学、ハノイ第一師範大学、ハノイ外国語師範大学を統合してベトナ
ム国家大学ハノイ(VNU Hanoi)が設立

1995年
HCMC総合大学、HCMC師範大学、HCMC工科大学など9校が統合されてベトナ
ム国家大学ホーチミン市(VNU HCMC)を設立。

1998年
第10回国会で全教育段階を網羅する体系的な教育法が制定されました.(施行
は1999年)
   教育理念の中には「マルクス・レーニン主義」や「ホーチミンの思想」が謳わ
   れており、11月20日の“先生の日”も明記されています。

1999年-2000年
学生の急増により、国家大学の学部を再び分離


初等教育
5年制の義務教育(小学校)です。修了試験があります。

中等教育
前期4年制(中学校) 後期3年制(高校)で、いずれも修了試験があり
ます。

高等教育
     短大 3年
大学 学士課程  4年  但し工学部は5年、医学部は6年
大学院   修士課程 3年   
博士課程  3年  修士未取得者は4年

高等教育は従来、旧ソビエト連邦の影響を受けて専門単科大学を中
心として展開してきましたが、ドイモイ政策以降、総合大学もできまし
た。



大学の分類
●国家大学(首相直轄校)
●国立大学(地方総合大学、専門大学:教育訓練省、厚生省、文科
      情報省、人民委員会等の所轄)
●民立大学



先生の給料は安いので、自宅で塾を開いて副業している人が多い。

留学先の希望国では、現在米国が1位、オーストラリアが2位、日本が3位。



教育年度
9月に始まり、翌年の6月中旬頃に終了します。

(例)ハノイ工科大学の2004年度
入学試験 7月3日、4日
前期 8 月 6 日~2 月 2 日  正月休み 2月3日~2月16日
後期 2 月17日~7月9日  夏休み 7 月 10 日~8 月 14 日



就学率
小・中学校は90%、高校55%、大学18%(2005年)
1990年代の大学進学は3%



学業評価
1971年から10段階評価で5以上が合格


教育訓練省は幼児教育の管轄もしています。
保育園(3ヶ月~3歳)
幼稚園(3ヶ月~5歳)

小学校教科書
01教科書 (1)  02教科書 (2)  03教科書 (3)




近所の子供とお友達になり、学校で使っている国語の教科書を見せてもら
いました。紙の品質は今一ですが、多色刷りでとてもきれいに出来ていま
す。

日本で販売しているベトナム語の勉強本は、その1冊を完読すれば、なん
となくベトナム語がわかったような気がしますが、教科書は基礎からじっくり、
子供でも判るように数年かけて勉強するように創ってあるのですから、そ
の親切さと判りやすさは抜群です。

お友達の子供が進学したら、お下がりをもらおうと思っています。

図書館
ホーチミン市博物館の隣に大きな公共図書館があります。日本の国会図書
館のような立派な建物で、外国人でもパスポートとそのコピー、写真1枚、使
用料200000ドン(1年)を支払えば、コンピュターも使用でき、冷房の効い
たビシネスルームが利用可能です。

ただし日本語の蔵書はありませんし、日本人で勉強している人もいません。
ベトナムの図書館はまだ発展途上で、利用も有料です。

ベトナムは若い国なので、ここで勉強している人たちも殆んどが若者です。
館外にはキャンティンと呼ばれる食堂もあり、館外のベンチに座って読書に
ふけっている人も大勢います。日本で庭付きの図書館は見かけませんが、
ここでは敷地内ならどこで勉強してもかまいません。館内の廊下に座りこん
でインターネットを使っている人もいます。廊下は無料でインターネットが使
えるので。


おそらくこの図書館はホーチミン市で一番環境の整った勉強場所かもしれ
ません。

館外の石作りのベンチにはベトナムーアイルランド フレンドシップと刻まれ
ているので、アイルランド国もこの図書館の設置に協力しているようです。

休館日:   月曜日と祝日
開館時間:  火曜日―金曜日 7:30-19:00
        土曜日、日曜日 9:00-17:00


図書館の概観
10図書館 10  11図書館 11  12図書館 12


13図書館 13  14図書館 14



受付と内部
20図書館 20  21図書館 21  22図書館 22

20 読書だけだと年間25000ドン、ビシネスルーム使用は200000ドン


23図書館 23



屋外
30図書館 30  31図書館 31  32図書館 32

30 庭にある図書館設立に功績のあったリートゥチョンの銅像。図書館入り口の前の通りもリートゥチョン通り。


33図書館 33  34図書館 35

34 アイルランド国とのフレンドシップと書かれたベンチと食堂の看板



ベトナムの図書館

歴史
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ベトナムは10世紀終わりまで中国に支配されていたため、仏教の経典を保存するための建物が設置された。この時代は蔵書の保存場所で現在でいう図書館といえる性格のものであったかは疑問です。

1853年から1954年のフランス統治の時代には、フランス政府が統治の一手段として図書館を設置し、ベトナム政府が運営しました。蔵書はほとんどが仏語でした。

現在ベトナム最大の図書館である国家図書館も1919年にハノイにインドシナ中央図書館として設置されています。

1954年から1975年の第2次インドシナ戦争中は北ベトナムと南ベトナムに分かれていましたので、図書の分類方法も北はロシア、南はアメリカの制度の基に運営されました。

1975年の南北統一後、特に1985年のドイモイ政策(市場開放政策)以降は公共,社会科学,技術・科学情報,学術,教育,健康,農業,軍事図書館といった8つの図書館システムが稼動していますが、戦争に明け暮れたベトナムの特殊な事情から、現在も図書館システムは整備中です。



ベトナム国家図書館
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ハノイのホアンキエム湖の近く、チャンティー通りにあるベトナム国家図書館は1919年に設置されました。当初はフランスのインドシナ全権の名と取ってピエール・パスキエール図書館と銘銘されていました。

1954年フランスとの戦争に勝利してからは中央図書館と改名され、1957年にベトナム国家図書館となりました。

図書館の設置、改革にはホーチミン主席自らが特に力を入れ、今日の図書館制度が出来上がっています。







ベトナム語の文字
ベトナム語の文字

Alexandre de Rhodes アレクサドル・ド・ルード (1591-1660)

ハノイ、マカオ、ローマ、パリなど世界中を飛び回って布教活動をしたイエズス会のフランス人宣教師。

1627年ベトナムに来て、当時使用されていた中国の漢字をラテン語をもとに音標文字に変換し、説教をした。この表記法は、Quoc ngu クオック・グーと呼ばれている。

1645年にもベトナムでの布教活動のため入国したが、不法入国だったため裁判にかけられ死刑判決を言い渡されたが、最終的には国外追放処置にとどめられた。しかし彼と一緒だった聖職者2名はギロチンにかけられている。

1651年ローマで出版した「ベトナム語・ポルトガル語・ラテン語辞典」という3カ国語対照事典を出版し、この辞典がクオック・グー普及の原点となった。

しかし19世紀以前のベトナムでは漢字が正式な表記文字として使われており、
一部の文学作品にはChu Nom(チューノム)と呼ばれる文字も使われていた。

クオック・グーがベトナム語の表記方法としてベトナム社会に普及したのは20世紀に入ってからのことである。

ホーチミン市の旧大統領官邸の近くには彼の名前の付いた道路が残っています。


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