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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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フランス人の銅像
フランス人の銅像

フランスがサイゴンを直轄植民地としていた時代に、サイ
ゴンのロータリーには4人のフランス人銅像が立てられて
いました。

●ピエール・ジョゼフ・ジョルジュ・ピニョー
(Pierre Joseph Georges Pigneau
通称  アドラン司教
場所  聖マリア教会前

アドラン司教はベトナム最後の王朝グエン王朝の初代
皇帝グエンアインフック(ザーロン帝)を私財を投じて支
援したグエン王朝建国の大恩人です。彼は王朝建国を
見ずに戦地で死去しましたが、遺体は軍令をもって丁重
に葬られました。以前はタンソンニャット空港近くの公園
に墓がありましたが、現在はフランスに返され、外国人宣
教師教会に保管されています。

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アドラン司教

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左はザーロン帝の長男カイン、手に持っているのは
ベルサイユ条約


●リゴール・ド・ジェヌイ(Rigault de Genouilly)
場所  メリン広場 

1859年2月17日、フランスはダナン攻略を諦め、ブンタ
オ岬からサイゴン川を遡上し、現在のルネッサンス・リバ
ーサイド・ホテルの前に上陸、ヤーロン(サイゴンの旧名)
城を攻め落としました。

フランス軍が上陸したこの場所は「メリン広場」と名づけ
られていて、上陸を指揮したフランス・スペイン連合艦隊
の指揮官であったリゴール・ド・ジェヌイの銅像が1907
年市民劇場前から移されてきました。

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リゴール・ド・ジェヌイ

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●フランシス・ガルニエ(Marie Joseph François Garnier)
市民劇場前広場

サイゴンを占領したフランスはメコン川を遡って中国の雲
南に行こうとしますが、探検によって不可能なことがわか
り、北部ベトナムの紅河の通行権を得る為にハノイ城へ
のを攻撃を開始します。

この時の司令官が探検家でもあった海軍大尉フランシ
ス・ガルニエで、彼は戦い途上で戦死しますが、後に北
部ベトナムがフランスの保護領になる先陣でした。

市民劇場前にはジェヌイの銅像が建っていましたが、メリ
ン広場に移され、ガルニエの銅像が置かれます。

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フランシス・ガルニエ

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●レオン・ガンベッタ(Léon Gambetta)
ガンベッタ広場⇒統一会堂前広場⇒タオダン公園内

フランスがベトナムを植民地化していく時にフランス本国
で首相や外務大臣を勤めた政治家がレオン・ガンベッタ
でした。

彼の銅像は当初、旧ベンタン市場の跡地、ガンベッタ広
場と呼ばれていたグエンフエ通り(現在のホーチミン市財
務省)のところに建てられましたが、財務省建設のためノ
ロドム宮殿(現在の統一会堂)前の広場に移動しました。
その後タオダン公園内に移設されます。

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レオン・ガンベッタ

18 (400x255)
ガンベッタ広場の銅像

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ノロドム宮殿前の広場

4人の銅像は1954年フランスがディエンビエンフーの戦
いで敗れて撤退する前にすべて取り壊されました
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