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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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ホーチミン市人民委員会  更新
ホーチミン市人民委員会

植民地時代 フランス公会堂(Hôtel de Ville 現在の市役所機能)
現在  
ホーチミン市人民委員会 (Uỷ Ban Nhân Dân TP. Hò Chí Minh)
ホーチミン市人民評議会 (Hội Đồng Nhân Dân TP. Hò Chí Minh) 

11 (400x300)
2013年

1867年
サイゴン地域がフランスによって正式にサイゴン市として
宣言された時に市役所にする適当な建物がなく、当時
は広東生れの大富豪ワンタイの邸宅(現在のホーチミン
市税関)の一角を借りる始末でした。

1871年
1868年からシャルネ通り(現グエンフエ通り)の埋立て
が始まり、現在の場所がフランス公会堂(Hôtel de
Ville)建設予定地に指定されます。
しかし建築に向けて実際に動き出すのは、フランスがベト
ナム全土を植民地化し、インドシナ連邦が成立した後の
ことでした。

1896年
P.Gardesによりデザインが完成します。

1898年
フランスのLail-hacar社に工事を発注。

1908年
美術家Bonnet によって室内外の装飾が完成します。
完成した建物は19世紀の前パリ市庁舎とそっくりだそう
です。

12 (400x267)
建設当初の姿

正面入り口上部には2匹のライオンが彫刻され、建物を
守護しています。外壁の装飾はおそらくベトナムで最高
の建物に違いありません。

1909年
ワンタイの邸宅から新市役所への引越しが行われます。
その後、左右対称のウィングは1階だけでしたが、現在
の建物は両翼が2階建てに増築されており、よく見ると
繋ぎ目がわかります。

13 (400x265)
建物外観は現在まで維持されています。

この建物からサイゴン川に一直線に伸びる大通りがサイ
ゴンの中心街グエンフェ通りです。市役所はフランス式の
都市計画(ビスタと呼ばれます)に従いグエンフェ通りの
行き止まりに位置しています。
グエンフェ通りは運河を埋め立てて作られた道路でサイ
ゴンでの都市計画第一号の道路です。

14 (267x400)

1954年
フランスがディエンビエンフーので破れ、フランスが撤退す
ることになると南ベトナム政権に引き継がれます。

1975年4月30日
サイゴン陥落以降はホーチミン市の人民評議会と人民
委員会の庁舎として使われています。

1990年
正面玄関前の広場にはホーチミン主席が子供を抱えて
座っている銅像が建てられ、観光客の記念写真スポット
になっていました。

15 (400x300)

2015年
南部解放40周年記念事業として、ホーチミン主席の新
しい銅像が建てられ、125歳の誕生日である5月9日に
除幕式が行われました。(ベトナムではホーチミン主席は
永遠の人なので、死後何周年記念という言い方はしま
せん)

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新たな銅像

正面玄関前の道路はタイル張りの道路に変更され、建
物から一直線にサイゴン川に伸びるグエンフェ通りも歩
行者専用道路が整備されました。

銅像の背後には、まったく目立ちませんが記念碑が建っ
ており、この場所の歴史が刻まれています。ここは第2次
世界大戦で日本が敗戦したのを機にホーチミン主席が
ベトナム全土に激を飛ばし、全国で蜂起が起きた8月革
命の南ベトナムでの蜂起の場所で、南ベトナムの群集は
1945年8月25日、南ベトナム臨時政府を設立するた
めにこの場所に集まりました。

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歴史を刻む記念碑

夜間は毎日ライトアップされ、幻想的な美しさとフランス
建築の偉大さを感じることができます。

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もちろん内部も超豪華なのですが、政府機関なので一
般人は勿論入れません。

19 (400x246)
内部の応接間
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