べトナム ホーチミン 情報 日常生活
ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
カテゴリ

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

213カティナビル
213カティナビル

植民地時代  植民地政府事務局長事務所
1920年 213カティナビル      
現在 市民センター建設のため取壊し
場所 213 Dong Khoi

11 (205x247)
2014年

ホーチミン市人民委員会に隣接して14階立ての市民セ
ンターを建設するため、いくつかの歴史的建造物が取り
壊されることになりました。
その手始めとしてドンコイ通り213番地、ドンコイ通りとレ
タントン通りの交差点にあったアールデコ様式の建物の
取り壊わしが2014年3月から始まりました。

フランスの植民地支配の最初の60年間、この場所には
(植民地政府の市役所 現在のホーチミン市人民委員
会)に隣接して植民地政府事務局の建物がありました。

1929年~1930年
事務所が解体され、Société d’exploitation des
établissements Brossard et Mopinにより「213カティ
ナビル」が建設され、ポルトガル、オーストリア、スペインの
領事館やインドシナ観光局の事務所が入居します。

同時にMarguerite, Blessy , Galeries Lafayetteなど
ファッションアウトレットが開店しフランスオートクチュール
の中心地となりました。

他にも1930年代、ここを基地とした機関には
1. Agence Financière d’Indochine(インドシナ財務局)
2. Société foncière de Gia-dinh(金融会社)
3. Société urbaine foncière de l’Indochine(不動産会社)
4. Clinique de beauté et de Massage médicale(クリニック)
5. weekly journal Clinique de beauté et de Massage
6. médicale(雑誌社)
があります。

しかしビルの多くはアパートとして貸し出されました。
その中には世界大恐慌で壮大な不動産を失った
Janie-Marie Marguerite Bertin Rivière男爵夫人も
1932年から1938年まで居住していました。

この建物はグラハムグリーンの小説「The Quiet
American」にも登場します。

12 (400x245)

13 (300x206)

しかしこのビルは歴史的、芸術的に重要なビルとして
認められることがありませんでした。

1975年以後
メンテナンスがほとんどされず、放置されてきます。

2014年
市民センター建設計画のため取壊しが決定されました。

14 (179x244)
2015年


213カティナビル

植民地時代  植民地政府事務局長事務所
1920年 213カティナビル      
現在 市民センター建設のため取壊し
場所 213 Dong Khoi


2014年

ホーチミン市人民委員会に隣接して14階立ての市民セ
ンターを建設するため、いくつかの歴史的建造物が取り
壊されることになりました。
その手始めとしてドンコイ通り213番地、ドンコイ通りとレ
タントン通りの交差点にあったアールデコ様式の建物の
取り壊わしが2014年3月から始まりました。

フランスの植民地支配の最初の60年間、この場所には
(植民地政府の市役所 現在のホーチミン市人民委員
会)に隣接して植民地政府事務局の建物がありました。

1929年~1930年
事務所が解体され、Société d’exploitation des
établissements Brossard et Mopinにより「213カティ
ナビル」が建設され、ポルトガル、オーストリア、スペインの
領事館やインドシナ観光局の事務所が入居します。

同時にMarguerite, Blessy , Galeries Lafayetteなど
ファッションアウトレットが開店しフランスオートクチュール
の中心地となりました。

他にも1930年代、ここを基地とした機関には
1. Agence Financière d’Indochine(インドシナ財務局)
2. Société foncière de Gia-dinh(金融会社)
3. Société urbaine foncière de l’Indochine(不動産会社)
4. Clinique de beauté et de Massage médicale(クリニック)
5. weekly journal Clinique de beauté et de Massage
6. médicale(雑誌社)
があります。

しかしビルの多くはアパートとして貸し出されました。
その中には世界大恐慌で壮大な不動産を失った
Janie-Marie Marguerite Bertin Rivière男爵夫人も
1932年から1938年まで居住していました。

この建物はグラハムグリーンの小説「The Quiet
American」にも登場します。







しかしこのビルは歴史的、芸術的に重要なビルとして
認められることがありませんでした。

1975年以後
メンテナンスがほとんどされず、放置されてきます。


2014年
市民センター建設計画のため取壊しが決定されました。


2015年
スポンサーサイト
コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://vietkon.blog73.fc2.com/tb.php/511-d28465a5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。