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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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国旗掲揚塔
国旗掲揚塔

仏語  Mât des signaux 
越語  Cột cờ thủ ngữt
場所  ベンゲ運河河口

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サイゴン河川公園の目玉として存在している国旗掲揚
塔は最近改装されました。

1860年
この塔は当初、tフランス海軍キャプテン、ローレンス•
ジョセフ•ルジューン(Laurent-Joseph Lejeune)の名
をとって、「ルジューン塔」と呼ばれていました。

1865年10月
ルジューンは、サイゴン港の施設の多くを構築しましたが、サイゴン港に信号塔の必要性を感じ、建設しました。

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19世紀末の信号塔

もともとシンプルな信号塔の主な機能は信号フラグを使
用して川を航行する船との通信でしたが、そのうち、サン
ジャック岬(cap Saint-Jacques ブンタウの入口)からの
電信により、戦艦、貨物船、郵便船などの到着を合図
するようになりました。

そのうち毎週月曜と金曜の午後5時からは軍隊による
演奏会が開かれたので、信号塔は人気のレクリエーショ
ンスポットとなりました。

1891年
信号塔はメリン広場から運河沿いにチョロンへ向かう蒸
気路面電車の最初の停留所になりました。

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蒸気路面電車は電化される1920年代半ばまで続きま
す。

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1896年 路面電車のルート

1900年
信号塔の老朽化のため、新しい信号塔が建設されます。
信号塔に隣接する岬には夕食を終えたフランス人が
しばしば行き交う船を見にやってきて賑わっていました。

1920年以降
信号塔の麓には地元の目ざとい起業家がバーを開きま
す。

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信号塔下のバー

1940年
信号塔は マダムデュランが経営する有名なレストラン
「ラポワントデジョーカー」(la Pointe des Blagueurs)
に変身していました。

1945年9月23日
英印軍が上陸してくると、この信号塔の場所でベトナム
人は間に合わせの武器で激しい抵抗をしました。この信
号塔はサイゴンの人々には忘れられない場所なのです。

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1950年の信号塔

2010年
波止場の造園の一環として信号塔は改装され、その周
囲には展示会場ができるはずでしたが、計画は頓挫して
しまったようです。現在は国旗掲揚塔として使われていま
す。
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