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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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ブロサールモピン建設会社
ブロサールモピン建設会社

仏語  Établissements Brossard et Mopin
場所  48 Nguyễn Đình Chiểu

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ブロサールモピン建設会社

グエンディンチュウ48番地にある老朽化したフランス植
民地時代の大邸宅はかつての建設会社ブロサールモピ
ンの本社でした。
この建設会社によってサイゴンのランドマーク的な建物が
多数建築されました。
会社の創業者ジュールブロサール(Jules Brossard)は
1880年代にインドシナに到着し、炭鉱の町ホンゲイで
鉱山ビジネスを開始します。その後ハイフォンにも事業を
拡大します。

1890年代
ブロサール会社はホンゲイ石炭会社のためにハロン湾
沿いに2つの炭鉱線を敷設しました。
クールベ港から12Kmのハトゥ鉱山、6Kmのナゴナ鉱山
を結ぶ線路でした。
12 (400x235)
炭鉱線

1900年代初め
ブロサールはフランチインドシナ・雲南鉄道会社(French
Indochina and Yunnan Railway Company, CIY)が
実施した鉄道敷設事業(雲南鉄道)の多くのインフラ整
備を請け負います。

1906年
ブロサールは建築物の検査官ユージンモピン(Eugène
Mopin)と業務提携をし、ブロサールモピン建設会社を
設立し、その後の20年間でパリ(本店)、サイゴン、プノ
ンペン、シンガポール、天津に支店を持つ東アジアで最
も成功した建設会社になりました。

この期間中にアジアの多くの都市で、銀行、病院、工場、
港湾インフラ、貯水池やスイミングプールを構築しました。
鉄筋コンクリート建築でも東アジアのリーディング会社と
の評価を得、グスタフ•エッフェル(Gustav Eiffel)の会
社ルヴァロアペレ (Société Levallois-Perret)と鉄道
橋建設契約やインドシナ鉄道のインフラ建設で競合する
ようになります。

サイゴンでも中央市場(現在のベンタンマーケット)の建
設で会社の評判を高めました。中央市場の建設は多く
の高収益事業への道を開きました。

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ブロサールモピン建設会社の代表作  中央市場  
1914年

1920年
以前はリトゥチョン18番地に事務所を借りていましたが、
現在のグエンディンチュウ通り48番地に新しいサイゴン
本店の建物を建設します。
この年ジュールブロサールはインドシナの開発に貢献した
功績を称えられて「シュヴァリエ•デ•ラ•レジオン•ドヌール
勲章」(名誉騎士勲章)を受章します。

1922年
ブロサールモピン建設会社は中国上海銀行の破産の
影響を受けて、倒産し管財人の統制を受けます。

1924年
会社を再編成し、再起し、サイゴンで主要なビル建設の
建設を推し進めます。

1. 1925年 インドシナ連邦財務省
2. 1928年 インドシナ銀行
3. 1928年 チャータード銀行
4. 1930年 植民地政府事務局ビル
を始め多くの事務所やアパートを建設しました。

14 (400x254)
インドシナ連邦財務省

15 (400x252)
インドシナ銀行

16 (307x400)
植民地政府事務局ビル

現在
グエンディンチュウにある建物は現在、文化施設、レクリ
エーションや観光代理店の事務所として賃貸されていま
すが、ホーチミン市の他の多くの歴史的建造物のように
取壊しの危険から免れることは保障されていません。
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