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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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ザーロン帝 その6 陵墓
ザーロン帝廟

王宮から香河(フォン川)を舟で15kmほど
遡り、左岸を南に歩いて30分行くと、山中に
グエン王朝初代皇帝のザーロン帝の墓所、
天授陵があります。

墓所の造営はザーロン帝の生前1814年か
ら始まり、1820年に完成していますが、ザー
ロン帝は1820年2月3日(57歳)に死去し
ていますので、墓所の完成と前後してなくな
りました。

ザーロン帝が墓所の造営を思い立ったのは、
第一婦人の皇后、承天佐聖厚徳慈仁簡恭
斉孝翼正順元高皇后宋氏が1814年に死
亡した為です。

1816年11月
ザーロン帝は「山陵条禁」を定めました。
それによると、陵の境界を示すため建てられ
ている石柱内では樹木を伐採し、土や柴を
採取し、竈を設けて炭を焼いたり、放火して
山を焼くこと、陵の四方の内に人がほしいま
まに入ること、雑木を栽培することなどが禁
止されています。

1820年2月3日
ザーロン帝が崩御します。
後継者のミンマンは1カ月近く、フエの宮殿で
ザーロン帝を弔い、「必ず治癒する」と診断し
た医師らが拘禁され、問責されましたが、臣
下の奏上によって結局釈放しました。
3月に嘉隆帝の亡骸は天授陵に運ばれ、埋
葬されました。

8月にはザーロン帝の功績を誌した「聖徳神
功碑」が設置されました。

11
ザーロン帝の墓所に続く山道。1926年の写真

墓所の場所は風水や陰陽の世界観に基づ
て造営されましたが、周囲は36の山々に囲まれ
自然と一体化し、墓所には月湖と呼ばれる
龍形をした湖が作られています。

12
自然と一体化した墓所

13
墓所の正面

14
段台状テラスの奥に壁に囲まれてザーロン
帝と承天皇后のふたつの石屋の並んでいま
す。合葬陵です。

北西方には第2婦人、皇后順天の陵と廟も
あります。さらにその北方の香河側には嘉隆
帝の家族や過去のグエン氏などの陵と廟が
多数建ち並んでいます。

ザーロン帝陵はフエ宮廷と併せて世界遺産
に登録されていますが、後の皇帝の陵墓に
比べれば非常に素朴で、観光客もほとんど
訪れません。
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