べトナム ホーチミン 情報 日常生活
ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
カテゴリ

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ザーロン帝 その3
2.タイソン朝への復讐

1802年
ザーロン帝は即位の礼を挙行しましたが、同時に「Hiến
Phù」と呼ばれる報復の儀式も行いました。報復の儀式は
ベトナムの封建制度の下で、慣例的に行われていた儀式
なのですが、ザーロン帝のそれは残忍きわまるもので、
現在でも逸話として語り継がれています。

北部ベトナムでレヴァンズエット率いるグエン軍に破れた
タイソン朝の皇帝クワントン(Quang Toan)の一族や将軍
らは捕獲され、フエに送られてきました。

11
タイソン朝最後の皇帝クワントン

儀式はクワントンの父親グエンフエの祭壇の前で行われ
ました。墓から発掘されたクワントン親族の骨は大きなカ
ゴに入れられ、クワントンの目の前で兵士に小便をかけら
れた後、粉々にされます。

その後、クワントンにはおいしい食事が出され、親族は口
に布を詰められ、泣き声が聞こえないようにされます。

象が4頭やってきて、クワントンの両手両足がしっかりと象
の足に結ばれます。象使いの掛け声でクワントンの体は
像に引っ張られ、4つに引き裂かれ、血だらけの肉が骨か
ら削ぎとられ5つにわけられます。
5つの肉は未だに旧政権に忠誠を尽くしている人々への
見せしめの為、5つの市場で公衆の面前に晒されました。

次の犠牲者は皇太子でしたが、彼は親孝行で評判だった
ので、斬首刑にされました。

タイソン軍の女性部隊の隊長、ブティソンの14歳の娘が
次の犠牲になりました。「お母さん 助けて!」娘は叫びま
したが、ブティソンは声を荒げ「こんなごろつきの狼と生き
るより、あなたのお父さんのように死になさい!」

象は娘を空中に高く飛ばし、牙で止めを刺しました。


夫と娘の残酷な処刑を目の当たりにして、ブティソンはもう
恐ろしさを感じず、ただ静かに殺人象を待ちました。娘と同
じようにタイソン軍のヒロインは処刑されました。

グエンフエの妻子はフースアン(フエ)がザーロン帝に占
領される前に脱出したのですが、運悪くアイン軍に見つけ
られ拘束されました。子供2人の処刑を見て、妻のレゴック
ハン(LÊ Ngọc Hân)は自殺しました。

親族で処刑されずに唯一生き延びた人がいました。
レゴックハンの妹レゴックビン(LÊ Ngọc Bình)は皇帝
クワントンの若い妻でしたが、天使のような美貌の持ち主
だったので、ザーロン帝は自分の第3番目の妻にしてしま
います。

フエのいたる所で、うわさが飛び交いました。
「まあ! なんと奇妙な宮廷なんだろう。プリンセスは2人
の皇帝と結婚したよ!」と。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://vietkon.blog73.fc2.com/tb.php/419-dbecee0a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。