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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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市民劇場 更新1
Nhà Hát Thành Phố
オペラハウス、人民劇場

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現在の市民劇場

ドンコイ通りとレロイ通りの交差点にある市民劇場は,建築計画は
1895年ぐらいからあったようですが、完成したのは1900年でした。
バロック様式の 劇場です。夜間は毎日ライトアップされ,ホーチミン
市観光の出発点としての目印的存在となっています。

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ライトアップ 1

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ライトアップ 2

建築は当時のフランスの都市計画、「ビスタ」と呼ばれる手法で、
埋め立てられたレロイ通りの終点にあたる位置に建設されました。

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道路の行き止まりに目印的存在として建築されます。「ビスタ」


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建設当初

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鳥瞰図

建物はフランス人の建築家フェレ(Eugene Ferret)の設計で、正面
部分に施された彫刻装飾や室内の調度品はフランス本国から運ば
れてきたものです。

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正面玄関

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来客を迎える女神像 1

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来客を迎える女神像 2

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左右の彫刻 1

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左右の彫刻 2


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中段の装飾

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最上段の装飾

左右の庭には「横笛を吹く少年」と「バイオリンを引く少女」の
ブロンド像があります。

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完成後は母国の文化の香りを懐かしむフランス人がシクロ、人力車
で市民劇場前を散歩している写真がたくさん残っています。

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正面はコンチネンタルホテル、劇場正面道路は現在の
ドンコイ通りです


1906年には正面入り口前の広場にフランスの海軍将校でコーチシ
ナの割譲をベトナムのグエン王朝に認めさせたフランシス・ガルニエ
の像がフランスから運ばれ、建立されましたが、フランス撤退後、
撤去されました。 

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ガルニエ

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ガルニエ像 1

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ガルニエ像 2


第2次世界大戦中は閉鎖され、1943年、日本軍進駐の時代に
室内の調度品はどこかに移動されてしまいました。

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入口には日本とフランスの国旗が掲げられています。


1946年、第2次世界大戦終了後、修復して再オープンします。

1954年フランスの撤退に伴い、南ベトナム政府の議会として使用
するため、外部の装飾が取り払われ、内部も簡素化されました。

1955年から1975年のサイゴン陥落までは南ベトナム政府の
下院議会として使用されます。

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下院議会 1

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下院議会 2


ベトナム戦争中には南ベトナム軍の兵士の像が下院議会として
使われている市民劇場の前に建てられましたが、議会に銃を向け
ているとして不評でした。1975年のサイゴン陥落後、すぐに破壊
されました。

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兵士の像

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現在は母子のオブジェになっています


1968年、北ベトナム軍のテト攻勢より、右側屋根が損傷してしまい
ます。

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テト攻勢による被害

1975年以降、臨時の修復がなされ再び市民劇場となりました。



1995年にはホーチミン市の市制300年の記念行事(1998年施行)
に向け、多くの歴史家と建築家の努力で「玄関前の裸体の白い
像、壁面の彫刻、花崗岩の床、シャンデリア、ブロンズの像」などが
原型に復元されていきました。

市民劇場は普段は入場不可ですのでコンサートがあるときなどに
チケットを買って入場しないと内部は見学出来ません。 1800席
あります。
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