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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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ベンゲ運河 更新1

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整備がほとんど終わった現在のベンゲ運河

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ベンゲ運河の位置

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フランスがサイゴンを植民地にする前からベンゲ運河はサイゴ
ンとチョロンを結ぶ重要な水路でした。

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1865年 ベンゲ運河を行くサンバン

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1882年 ベンゲ運河を行くサンパン


<中国人埠頭>

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1886年 サイゴン川からのベンゲ運河の入口(左側) 中国人
埠頭(Arroyo Chinois)と呼ばれていました。

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ベンゲ運河の入り口、中国人埠頭です

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中国人埠頭(Arroyo Chinois)
中央やや右の建物は商工会議所です。

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中国人埠頭の向かい側。 右上はドラゴンハウス、現在のホー
チミン主席記念館です。


<タウフー埠頭>

ベンゲ運河はチョロン地区に入るとタウフー(Tau Hu)運河と呼
ばれました。

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タウフー運河
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タウフー埠頭 1


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タウフー埠頭 2

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タウフー埠頭 3


<チョロン埠頭>

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チョロン埠頭。 右側には精米所が並んでいます。


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1926年 チョロン埠頭での米の積出し

メコンデルタで収穫された米はチョロンに集荷され、チョロンの
精米工場で精米されてから、運河を小船(サンパン)でサイゴン
の中国人埠頭に送られ、ハムギ通りとトンドゥックタン通りの交
差点にあるフランスのインドシナ政府が運営する税関で税金を
払ってから各地に運送されていいました。

第2次世界大戦中には、米不足の日本にも「外米」として、商社
の三井物産を通じて、ここから米が日本に輸出されました。


フランスの植民地になってから、サイゴンーチョロン間には鉄道
と2本の市電が走るようになり、まさにサイゴンの商業を支える
大動脈に発展していきます。

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チョロンへ向かう途中には陶器村がありました

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チョロン鉄道駅

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蒸気機関車から電車へと進化していきます。
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