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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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バソン造船所
Xí nghiệp Ba Son
場所 2 Tôn Đức Thắng, quận 1, thành phố Hồ Chí Minh.

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現在のバソン造船所 1

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現在のバソン造船所 2

バソン造船所はベトナムの第2代大統領、トンドゥックタンが働いていた
工場で、1915年から1928年にかけて、トンドゥックタンが中心になっ
て南ベトナムで最初の労働運動が発生した歴史的場所です。

19世紀の初めにはサイゴン川(当時はBinh Tri川と呼ばれていまし
た)にそった現在のバソン地域には、いろいろな技能を持った職人が集
まり、船の修理、銃や大砲の製造をしており、フランス海軍の兵器廠に
なっていました。

13
フランス海軍兵器廠の入口。1928年


1863年、フランス政府は兵器廠の奥に造船所を建設します。

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右側が造船所の建物です

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バソン造船所での「Albert Sarraut」の進水式(全長85m)

16 係留ドッグ
造船所の係留ドック

1956年12月9日、ディエンビンフーの戦いで大敗したフランス植民地
軍がベトナムから引き上げ、バソン造船所は南ベトナム政府に引き渡
されます。

1975年のサイゴン陥落後はベトナム社会主義共和国の国防省が管
轄します。

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現在のバソン造船所の正門

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造船所の事務所棟。左側に大砲が飾られています。

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造船所側面の従業員の出入口


1906年2月20日、フランス政府はバソン造船所で働く技術者を養成
することを主な目的としてサイゴンにアジア地域の機械技術専門の学
校を設立します。学校の名称は「Eecole des mecaniciens Asiatiques de
Saigon - Cao Thang Technic」、現在の「カオダン技術大学」です。

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カオダン技術大学

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技術実習はバソン造船所の工場で行われました。

ホーチミン主席もフランスへ旅立つ直前3か月間、この学校で勉強しま
したが、フランスへ向かう貨客船で得た仕事は「厨房補助人」でした。
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コメント
ベトナム人研修生
初めまして。m(__)m

私は、2002~2011年の東日本大震災の直前まで神奈川県の造船所で働いていました。
評判の悪かった中国人研修生に変わって、ベトナム人研修生が2006年から2012年位まで大勢働いていたのを思いだしました。中国人と違って、真面目で勤勉な若い人が多く、故郷の味をと、ベトナム料理屋に一緒にフォーを食べに行ったのを懐かしく思いだしました。
帰国した彼らの何人かは、ここで働いているかもしれませんね。
[2014/07/13 09:32] URL | しーちゅあん #- [ 編集 ]


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