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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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フランス植民地軍 陸軍病院

NAVAL HOSPITAL
改称後 THE GRALL HOSPITAL-SAIGON
現在  BENH VIÊN NHI ĐONG 2


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現在の病院正面

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病棟

タイバンルン通りの終点でリートゥチョン通りとの三叉路にニーヨンという
小児科病院があります。もしベトナム語が全く読めなかったら、とても病院
とは想像しません。緑いっぱいの広大な敷地の中にはフランスコロニアル
建築物がたくさん残っています。


<コロニアル建築の病院建物>

13).jpg

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ベトナムでは完全看護がないので、家族が寝泊りしたりして看護している
そうで、病院内には食堂もスポーツ施設もあります。

病室はすべてが個室のようでした。健康保険を持っていれば、自己負担
はゼロです。

しかしベトナムの医療技術はまだまだ低く、高度医療が必要な場合には
タイかシンガポールに移送されます。海外障害保険に加入しているか、
現金を持っていないと移送も出来ないので、死んでしまいます。ツケはき
きません。

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祈りの場所もあります

この病院にはなぜかイエロータクシー(Vinataxi)のみが入れる特権を
持っています。  


<ニーヨン病院の歴史>
1862年6月 フランスは第1次サイゴン条約を結び、南部ベトナムを
植民地にした際、政府が最初に必要だったのは郵便局と病院とでした。

ニーヨン(Nhi Dong)病院は1867年工事が開始され、1873年に
完成しました。完成当初は「Naval Hospital」と呼ばれ、フランス軍隊
と政府要員のための病院でした。建築材料はすべてフランスから運ば
れましたが、多くは中古の資材でした。

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完成した陸軍病院 1

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完成した陸軍病院 2

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完成した陸軍病院 3

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フランス建国記念日

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警備兵

1905年、主任医師だった Grall医師は病院をベトナム人にも開放
しました。

この時代にはGrallの他にもパスター(Pasteur),サイゴンのパスツール
研究所を創設したカルメット(Calmette), ヤーシン(Yersin), などの
フランス人医師がいました。この3人の医師名は現在でもサイゴンの
道路名として残っています。

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当時の医師達

1925年 病院は主任医師Grallの功績を讃えて「 Grall Hospital 」
と改名されました。現在でも病院正面の看板には小さな文字で「Grall」
という表示が残っています。

1958年 1954年フランスはベトナムから引き上げ、病院はベトナム
外務省に引き継がれ、ベトナムの市民病院として機能します。

しかし、フランス人医師は病院で働き続けます。

1976年 小児科中心の病院になりました。

2008年7月からは小児科がさらに充実されました。日本もODAを
通じて援助しています。
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