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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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メリン広場の銅像

「メリン」とは北ベトナム北西に位置する地名です。ベトナム建国の伝説ではフンヴン王(雄王)が統治した場所と推定されています。

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西暦40年にハイバチュンが反乱を起こし、3年間ベトナムを統治した時も「メリン」に都をおきました。

そして、フランスがダナン攻略を諦めサイゴンを攻略した時も、現在サイゴンで「メリンポイント」と呼ばれている場所に上陸し、ヤーロン城を攻め落としました。

サイゴンの「メリン」広場はルネッサンス・リバーサイド・ホテルの前にあります。

<広場の整備>

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現在のメリン広場。 真っ直ぐ上に伸びているのがハイバチュン通りで、レズアン道路との交差点にヤーロン城がありました。


この広場には、時代の状況によって3人の英雄像が建てられました。

<第1代目>
リゴール・ドゥ・ジェヌイ(Rigault de Genouilly)の銅像

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リゴール・ドゥ・ジェヌイ提督
生没年 1807年4月12日―1873年5月4日

1958年8月31日、フランス、スペイン連合艦隊はダナンの保塁に向かって砲撃を開始します。この時の司令官がジェヌイ提督です。ベトナム侵略の第一歩です。

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1859年2月17日のサイゴン港(絵画)

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最初の銅像は市民劇場の前に建てられました。

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1907年メリンポイントに移されました。
左後方の建物は商工会議所です

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切手も発行されました

フランスにとっての英雄、ジェヌイ提督の銅像も1954年のディエン・ビエン・フーの戦いでフランスが大敗を帰してからは取り壊されます。


<第2代目>  
ハイバチュンの銅像 

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1966年1月の写真

西暦40年に起きた女性2人姉妹の中国漢支配からの独立戦争。中国支配からの最初の独立としてベトナム人は義務教育で教わります。


<第3代目> 
チャン・フン・ダオ像(Trân Hung Đạo)

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現在の銅像 チャン・フン・ダオ

チャン・フン・ダオ(1266年~1300年)将軍が仁王立ちになって指差しているのは、サイゴン川に名づけられたバクダン埠頭です。

元(モンゴル)は中国の宋を攻め落とすための通過路としてベトナムに3回も攻めてきました。(日本へも2回攻撃してきました)3回目の侵略の時はバクダン埠頭で元軍を撃退した作戦は今日にも語り継がれています。

本当のバクダン埠頭は北ベトナムのハロン湾の入り江にあります。

チャン・フン・ダオはベトナム人にとって国難を救った名武将として歴史上の英雄として尊敬されています。

ホーチミン主席も抗仏戦争中、国民を奮い立たせるために「チャン・フン・ダオ」の功績を国民に話しかけています。

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銅像の土台には当時の戦いの様子を描いたレリーフがはめ込まれています。

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切手も発行されています。
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