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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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ホーチミン主席の遺言捕捉 1969年
ホーチミン主席が75歳になる1965年5月に、
主席は初めて遺言を書きます。主席の長年の
秘書ブーキーは「THE TOP SECRET
DOCUMENT」と題する手記を「HỒ CHÍ MINH
from His Assistants」と言う書籍に投稿してい
ます。

手記によれば、ホーチミン主席は自分の健康
状態について知っていたので、自分が死去して
も国民が混乱しないように、75歳の誕生日に
遺書を書く事を決心していたそうです。

彼はブーキーに5月10日からの数日間、午前
9時から10時の1時間をなるべく公務のスケジ
ュールを避けるように指示します。

20年間秘書をして、絶大な信頼を得ていた
ブーキーにはこの時間が何をするための時間
か、すべてがわかっていました。

そして1965年5月10日からの数日間は
ブーキー氏にとっても忘れられない日として
回想されています。

5月10日月曜日、この日はとてもすがすがしい
朝で、ホーチミン主席の私邸にはさわやかな風
が流れ、小鳥達がさえずっていました。

主席は午前9時に私邸の書斎で遺書の最初
の一行目を書き始めました。

「TOP SECRET・・・・・・
今年私は75歳になる。誰でも年をとるに
つれて、体は弱くなるものだ・・・・・」

1時間が過ぎ、「TOP SECRET」は封筒に入れ
られ、注意深く書棚に置かれました。そして平常
通りの公務に戻ります。


翌5月11日、主席はいつもより早く5時45分
に起床し、大統領府でイタリア共産党代表団
と会います。

その後、私邸に戻ると、昨夜、南部の戦闘で
勝利をおさめた状況が電話で報告されます。

この5月は主席の75歳の誕生日であることを
知っている南部の市民や兵士が頑張り、主席
にプレゼントを贈ったのです。

9時きっかりに主席は封筒から「TOP SECRET」
を取り出し、書き続けます。

共産党への感謝、党と人民の団結、自己批判
の大切さについて記述します。

そして12日、彼は書き続けます。
「わが国の青年達は勇敢である。党はこれらの
青年達を育てなければいけない・・・・・将来の
革命世代に対する教育とトレーニングは最も
重要である・・・・」

13日も彼は書き続けます。
ソ連と中国の不仲に心を痛め、ベトナム労働党
は国際共産主義運動に貢献しなければならな
いと説きます。

14日 午前6時、彼は予告なしにハノイ近郊
のXuân Phương村の田んぼを見に行き、
豊作であることに満足して10時に私邸に
戻ってきます。
10時から共産党政治局の会議に出席したた
め、この日は予定通りに「TOP SECRET」が書
けませんでした。

昼食後、昼寝をしてから午後2時から4時まで、
彼は最後の章を「TOP SECRET」に書き加えま
す。
「盛大な葬式は無用。火葬にしてTam Đao と
 Ba Vì 付近の丘に埋葬してほしい。もし国が
統一される前に私が死んだら、南の同胞にも私
の遺灰を送ってほしい」

全章を書き上げた遺言は主席自身によってタイ
プされます。

遺言書は5月14日午後4時に完成します。

4時にホーチミン主席の私邸に呼ばれていたレ
ズアン共産党第一書記長がホーチミンの執務
室に入ってきます。

ホーチミン主席は遺言書を提示して、自らサイ
ンすると同時にレズアンのサインを求めます。

しかしなぜか遺言書の作成日は「1965年5月
15日、ハノイ」となっていました。

ホーチミン主席は翌日から長期の旅に出かけて
しまうため、この日、午後6時に共産党政治局
のメンバーは主席の誕生日祝いに大統領府に
駆けつけます。

大統領府の広間のテーブルの上には新鮮な花
が飾られていました。
ホーチミン主席は微笑みながら言います。「だれ
がこのような誕生日祝いを企画したの?」

レズアンが笑いながら、ファンバンドンとチュオン
チンに目をやり、チュオンチンが代表して祝辞を
述べます。

主席は礼を言いながら、秘書のブーキーに尋ね
ます。
「KỲ ゲストを歓迎する物を持っているか?」

主席とブーキー秘書が用意していたものはキャ
ンディーとクッキィーでした。

誕生日祝いが終わってから7時30分に主席は
「ベトナム青年共産団」創立24周年記念式典
に出席します。
午後9時に大統領府に戻った主席をブーキー
秘書が私邸まで送り届けます。

ホーチミン主席は書棚から「TOP SECRET」の
封筒をブーキー秘書に渡し、そして言います。
「厳重に保管しておいてください。そして来年の
5月15日になったら私に下さい」と。

<余談>
ホーチミン主席の誕生日には諸説があって、ベ
トナム共産党史では1890年5月19日となって
いますが、これとて物証となる文書が残っている
わけではないようです。
5月19日は「ベトナム独立同盟(ベトミン)」の創
設記念日です。

所詮、昔のことで物証もないようなので、この日
をホーチミン主席の誕生日にしてしまったという
話もあります。

しかし、ブーキー氏の手記を読むと、5月15日
らしく思えてくるのですが??
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