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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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インドシナ銀行
ベンゲー運河がサイゴン川に流れ込む合流点に
灰色の重厚な建物が2つ並んで立っています。

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2つの建物ともフランス植民地時代に建設された
銀行です。左側がインドシナ銀行で、右側が上
海銀行(Ngân hàng Thượng Hải)でした。

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旧インドシナ銀行の正面

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旧インドシナ銀行の裏側

インドシナ銀行は1875年にサイゴンに建設され
ましたが、その後フランス植民地がベトナム
中部、北部に拡大するのに伴い、ハイフォン、
ハノイにも建設されました。

フランスの国策銀行で発券銀行と商業銀行を兼ねていて、
スエズ運河から仏領ポリネシア領までのフランス植民地
の経済活動の中心でした。

フランスがインドシナで発行した最初の紙幣は、銀
との兌換紙幣100ピアストルでしたが、高額すぎて
庶民には流通しませんでした。

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旧インドシナ銀行が発行した最初の紙幣

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紙幣の裏側には漢字が使われています。この高額
紙幣を使えたのはフランス人と米の精米で財を成
した華人だったようです。
その後、1ピアストル紙幣や1ピアストル銀貨(銀25
g)が発行されましたが、これも庶民には高値の花
で流通しませんでした。

庶民はもっぱら銅貨の1サペク(1/500ピアストル)
を使用したようです。


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旧上海銀行
現在もここで紙幣が印刷されているのか、前の道
路を通ると輪転機?の音がしています。

1975年のサイゴン陥落後は両銀行とも接収され
て、現在はベトナム国家銀行(Ngân hàng Nhà
nước Việt Nam)の施設になっています。


この一帯はバンド(Bund)と呼ばれる都市計
画法に倣った町並みです。

もともと「バンド」とは港に沿った海や川に
建物が並ぶ地域でその中心には金融機関が
あります。アジアで植民地が増えるにつれて、
外国人の港湾居留地(ウォーターフロント)
を指すようになりました。

バンドはサイゴンだけでなく、植民地だった
インドのボンベイ、シンガポール、香港、上
海、にもあり、植民地にはならなかったもの
の我が国の横浜や神戸にもバンドが築かれ
たそうです。

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1930年の上海バンド

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この通りがサイゴンの昔からの金融街です

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ベンゲ運河の埋め立てが始まる前、この地域は
「中国人埠頭」と呼ばれていて、チョロンからの荷
物の集積場でした。

現在ではベンゲ運河とサイゴン川の交点が完全に
埋め立てられ、ベンゲ運河を埋め立てた道路が完
成してますので、写真のような「サンバン」〈小船〉の
風景を見ることは出来ません。

さらに2011年11月にはサイゴン川の川底に、日
本のODAでトンネルが完成し、1区から2区を通過
し、ハノイハイウェイに続く立派な道路が完成してい
ます。


インドシナ銀行はサイゴンからハイフォン、ハノイとそ
の拠点を移します。1930年に建築家ジョルジュ・ト
ローブ(George Trove)の設計で完成したハノイの
インドシナ銀行は、1954年にフランスがディエン・ビ
ン・フーの戦いで負けるまで続きました。

その後はベトコム銀行が1999年まで営業を引き継
ぎますが、現在は国家銀行として機能しています。

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ハノイの旧インドシナ銀行

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現在ハノイの旧インドシナ銀行の床に残るロゴ
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