べトナム ホーチミン 情報 日常生活
ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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73 ホーチミン主席の足跡 1969年 その2 ホーチミン主席臨終
1969年8月頃からホーチミンの健康は急激に衰弱し
ていったようです。

彼は最後の著書となった「Raising Revolutionary
Ethics and Wiping out Individualism」を書き残しま
す。アメリカとの抗米救国戦争の勝利が見えてきたこ
の時期に、彼は革命の精神を改めて兵士や国民に
伝えておきたかったのです。

彼のドクターはホーチミンに医療施設の整ったハウス
67へ移ることを進言します。

ハウス67とは私邸の裏側にシェルターとして建築され
た建物ですが、ホーチミンはシェルターとして使うことを
拒否し、改造してベトナム労働党の政治局の会議室
として使用していました。

1969年8月18日から彼はハウス67のベットで仕事
や読書をするようになります。彼は内心では死を覚悟
したでしょうが、最後の日まで彼は政治局員から戦況
の報告を受けることを欠かしませんでした。

11_20120120160057.jpg
ホーチミンの健康を心配して大統領官邸前に集まる
市民

しかし9月2日、別れの時がやってきます。この日の朝
ベットに静かに横たわっているホーチミンの周りにはベ
トナム労働党の幹部やベトナム内外の知識人、医療
団が取り囲んでいました。

主席の遺書を託されていた長年の秘書ヴィーキーは
主席をうちわでゆっくりと扇いでいます。

しかし彼の心電図の波は遠くの海の水平線のように
なって行きます。

彼は最後の数分間、フォークソングが聞きたいと依頼
し、静かに彼の生まれ故郷を思い出します。そして彼
の両親が眠っている場所に言及し、ココナツジュース
を少し口に含むと、南ベトナムの人々に彼の思いを運
ぶように息を引き取ります。

12_20120120160056.jpg
最後のココナッツジュースを飲んだコップ


ヴィーキーの手が止まり、すすり泣きに変わりました。

医師団は心臓マッサージを開始しましたが、彼の心
臓は微動だにしませんでした。

ホーチミン主席と出会ってからホーチミンの生涯の一
番弟子であった首相のファン・ヴァン・ドンが医師団に
心臓マッサージをやめるよう依頼します。

13_20120120160056.jpg
臨終です。

Bac Ho(ホーおじさん)は生涯、貧乏、清貧な暮らし
をしました。しかし、いつの日からか彼はたった一つだ
け贅沢をする習慣を覚えてしまいました。それはアメリ
カ製のタバコを吸うことでした。それもかなりのヘビース
モーカーでした。1945年の独立宣言を発した翌日の
閣議で彼は、緊急になすべく仕事を6項目指示して
いますが、その1項目には、アヘンの撲滅があります。
ホーおじさん、、タバコもアヘンと同じようなものですよ。


「長い間、ご苦労様でした」と送るザップ将軍(右側の
黒い服)のやさしい顔が印象的です。
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