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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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21 ホーチミン主席の足跡 1926年(36歳)
ベトナムではホーチミンは生涯独身ということになっていま
す。しかしこの年に結婚したという記事があります。2002
年東京大学出版会から出版された坪井善明『ヴェトナム現
代政治』より

タン・トゥエット・ミンという中国人女性と1926年10月に広東
で結婚式をあげた(同書93頁)という。その後、離婚し、19
31年春、ミン・カイという女性と結婚したようだが、ホー・チ・
ミンもそして、結婚相手のグエン・ティ・ミン・カイもほぼ同時
期に官憲に捕らえられ、1935年7月には2人の関係は終
了したようだ(同書94~95頁)。


タン・トゥエット・ミンについては資料がありません。
結婚したと言っても、現在の日本のように、婚姻届を出して
戸籍に記載するなどの制度はなかったと思いますから、証
明するのが大変ですよね。

教会にはきっと記録が残っているはずですが、公表しない
よう手が回っているか、記録は廃棄されているでしょうね。
「同棲したら結婚したことだ」という定義なら、あったかも知
れません。

外国特派員や現在、南ベトナムに住んでいる年配の方は
ホーチミン主席に奥さんがいたことは否定しません。但し
公言はしません。ベトナム共産党の公式記録にはホーチミ
ンは独身で通っていますから。

別に結婚したからと言って、彼の国家に対する業績がなん
ら傷つくものでもないと思いますが。

独身で通しているのは、南ベトナムの大統領だったゴ・ジ
ン・ジェムが家庭も持たず国家のために働いていたのに対
抗しているんだというベトナム人の話を聞いたことがありま
す。


03  グエンティミンカイ
グエン・ティ・ミン・カイ

グエン・ティ・ミン・カイは1930年ホーチミンの秘書となりま
すが、ホーチミンは1930年の後半にはシンガポール、マ
レー半島で活動しており、香港に1931年6月に戻ったとこ
ろを逮捕され、その後1933年11月まで獄中です。

逮捕される前にホーチミンがモスクワのコミンテルン本部に
送った報告書には、1931年4月から始まったフランス植民
地政府による共産党員の一斉弾圧によって、グエン・ティ・
ミン・カイも連行されてしまっていることが書かれていて、心
配していたようです。

その後グエン・ティ・ミン・カイは1934年ホーチミンの戦友
レ・ホン・フォンと結婚し、モスクワのコミンテルンの大会に
参加後サイゴンに戻り、1940年南部ベトナムでの蜂起を
指導して失敗、逮捕。1941年銃殺刑になっています。

P1240449.jpg
夫のレ・ホン・フォン

結婚したとしても、物理的にとてもわずかな時間しか一緒
には暮らせなかったはずです。

ベトナム人はホーチミン主席の妻子の話はしません。「外
国人であっても、公言しまくっているとチクリがあって公安
に目をつけられ、次回のベトナム入国が拒否されてしまう
かもしれないよ」と注意されました。

ホーチミン主席は1963年に「独立と自由ほど貴重なものは
ない」という名言を残してくれていますから、私がもしベトナ
ム入国を拒否されたら、入国審査官にホーチミン主席の名
言を勉強していますかと逆襲します。

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