べトナム ホーチミン 情報 日常生活
ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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12 ホーチミン主席の足跡 1914年(24歳)
ホーチミンのロンドン滞在中、1914年6月28日から第1
次世界大戦が勃発します(1918年まで)。ホーチミンは
戦争勃発時に既にドゥレイトンコートホテルを辞め、ロン
ドン中心街ピカデリサーカス近くのカールトンホテル
(Carlton Hotel)にケーキ職人として就職していました。
11_20110624180908.jpg


この仕事中、ホーチミンはフランス人シェフで、当時フラ
ンス料理の神様と言われていたオーギュスト・エスコフィ
エ(Auguste Escoffier)の薫陶を受けることが出来まし
た。

12_20110624180908.jpg
オーギュスト・エスコフィエ

13_20110624180907.jpg

「仕事が終わると英国図書館に行って新聞を読んだり、
ハイドパークへ行き政治演説を聴いたり、英語の勉強の
ためベンチに座っている人によく話しかけた」とあるので
すが、英国図書館での勉強については出来なかったよ
うです。この頃、英国図書館に入館するには、研究テー
マと、しかるべく人の紹介状がないと入館証が発行され
ないシステムになっており、英国図書館にもホーチミン
(偽名を使っていますが)に入館証を発行した痕跡は何
もありませんということが、2007年発行のホーチミン研究
書に発表されています。

とはいえ、英国図書館が使用できなくても、市中の図書
館では勉強したことでしょう。

14_20110624180906.jpg  
英国図書館 

15_20110624180906.jpg

16_20110624180930.jpg
ロンドン ハイドパーク

ホーチミンはこの公園で行われる政治家や思想家、外国
人労働者組合などが主催する演説会に参加することを
楽しみにしていました。

この頃のイギリスは1906年に労働党が成立し、労働組
合の活動が活発化してきた時期で、ホーチミンは1917
年ロンドンを離れるまで社会主義政治活動の勉強をしま
す。

ロンドン滞在中のホーチミンはパリに滞在しているベトナ
ムの愛国者ファン・チュウ・チンに何度も手紙を出して、
連絡し合っていました。
17_20110624180930.jpg


ホーチミンのイギリスでの滞在中の行動については、確
証となる証拠文書が少なく、発行されている書籍で多少
記述が異なっています。

カールトンホテルは第2次世界大戦のときにドイツに爆
撃され損壊した後、再建されることはありませんでした。
現在はニュージーランド政府関係の建物が建っていま
す。
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