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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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ベトナムの干支(えと)・12支(し)
今年2011年は日本は卯年ですが、ベトナムでは猫都市です。十二支につ
いてはまったく疎い私でしたので、テトのグエンフェ通りで猫が飾ってある
のを見て、あっけに取られました。

P1230944.jpg

で十二支についてWEBで勉強させてもらいましたら、なかなか奥の深いも
のなんです。

<日本の十二支>
 
子・ 牛・ 寅・ 卯・ 辰・ 巳・ 午・ 羊・ 申・ 酉・ 犬・ 亥

ですがベトナムでは

子・ 水牛・ 寅・ 猫・ 辰・ 巳・ 午・ 山羊・ 申・ 酉・ 犬・ 豚

   牛(うし)  ⇒ 水牛(すいぎゅう)
   卯(うさぎ) ⇒ 猫
   羊(ひつじ) ⇒ 山羊(やぎ)
    亥(いのしし)⇒ 豚 
となっています。

もともと中国から伝わったもので、日本、台湾、韓国、モンゴル、ロシア、
は同じ動物ですが、チベット、タイ、ベトナムには、猫と豚が
登場します。


<参考>
http://www.ratio.co.jp/tokushu/shogatsu2003-2004/juunishi.html

この干支は、今から3000年以上前、紀元前15世紀頃の中国の殷(いん)
で作られたとされるシステムです。十二支は動物の名前で 呼ばれていますが、
もともとは植物の成長過程を12段階で表したものでした。

それが動物の名前に当てはめられることで、人々に親しみが生まれ、各キャ
ラク ターにも様々な物語が込められ、そして信仰の対象となっていったよう
です。日本に伝わったのは6世紀頃で、仏教の伝来と同じ頃と考えられてい
ます。

十二支の順番はどうやって決まった?

 昔々、神様が動物たちに「元旦に神殿へ早く来たもの12匹に、一年ずつ順
番にその年を守ってもらい、これを干支とする」というおふれを出しました。 
動物たちは身支度をはじめましたが、ネコだけは集まる日を忘れてしまった
ので、ネズミに聞くことにしました。「集まる日はいつだニャ~?」「正月
の二日 だチュー」。このネズミは、悪知恵の働くヤツだったので、ネコはダ
マされているとも知らず、のほほ~んとしていました。

 さて、そんな頃、ウシは「オラは歩くのが遅いから、一足先に出るんだモ
~」と、年末にみんなよりも早く出発しました。その時、ネズミはちゃっか
りウシの背中に飛び乗りました。

 ウシは誰よりも早く出たおかげで、神殿に一番早く到着しました。「ここ
まで来れば安心だモ~」と、神殿の前で元旦が来るのを待つことにしました。

 やがて、日が昇って神殿が開き、ウシがゆっくりと中に入ろうとした時、
背中に乗っていたネズミがヒョイと飛び降り、神殿に入ってしまったのです。
「一番のりだチュー」。

 こうして、ネズミは干支で一番になり、ウシが二番になりました。ネコは
正月の二日になってから来たため、干支の仲間になれませんでした。この日
からネコはネズミを恨み、追い回すようになったといわれています。


http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/faq/reki/jyuunishi.htm

十二支(じゅうにし)
古代中国 で考え出されたもので、惑星のうちで、もっとも尊い星と
考えられていた木星が、約12年で天球を一周することから、その位
置を示すために天球を12の区画 に分けてそれぞれに名前を付けた
ものが十二支の名の由来といわれています。

元々は、木星の運行からでた十二支でしたが、12という数が1年の月
の数にあたることから、月を表すことにも用いられるようにもなり、ま
た後述する十干と組み合わせて、日付や比較的長い期間の年数等を表す
ために使われるようになりました。 また、夜の0時を「正子」、昼の
12時を「正午」等というように、1日の時刻にも十二支は用いられて
いました。

十干(じっかん)
 十二支に比べるとだいぶ影が薄くなりましたが、「丙午(ひのえうま)
の年」といった使い方をすることがあります。ここでの「午」は十二
支ですが、その前の「丙」は十干です。
 十干の生まれは古く、古代中国の「殷」の時代さかのぼると言われ
ています。この時代は、10日を1旬と呼び、この10日ごとに繰り
返される日にそれぞれ名前を付けたのが始まりだといわれています。
ちなみに、現代でも「3月上旬」のように上中下旬と月を10日(お
よそ)に分けてよぶのは、この名残です。

 十干は、やがて全てを「木火土金水」の5つの根元的成分から生み
出されるとした五行説と結びつき5つを更に「兄(え)・弟(と)」に
分けたものと対応させるようになりました。そのため「丙」1文字で
「火の兄(ひのえ)」と読むようになったのです。

六十干支(ろくっじっかんし)
 十二支と十干とを組み合わせることによって、60の組み合わせ
が出来ます。これを六十干支と呼びます。「還暦」と言うのもここ
から来ています。


http://www.jyuunisi.com/sub01.html

十二支の守り本尊

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