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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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ドンコイ通り
ドンコイ  ドンコイ (1)




現在ホーチミン市で最も名が知られているドンコイ通りの
歴史を探ってみましょう。

ドンコイ通りの終点、聖マリア教会広場前にある文化教育
省の建物は、ドンコイ通りの歴史を語る建物で、1917年に
建築されました。

ドンコイ (2)
教育文化省


当時はフランス植民地政府に反抗する共産党員や愛国
者が捕まえられ、拷問を受けた場所で、付近の人々から
はカティーナ警察(Bót Catinat)と呼ばれていました。南
部ベトナムの8月革命の時(1945年8月29日から9月23
日まで)にはこの警察署の前で現在のベトナム国の国旗
である金星紅旗を振りながら人民が集まり、蜂起が起こり
ました。

しかし、その後のフランスの再侵略やベトナム戦争の時に
は、再び抵抗者が監禁、拷問された場所になってしまい
ましたが、人民の抵抗は続きます。

特に1959年から1960年にかけて、南ベトナム政府の
ゴ・ディン・ジェム大統領政権に対し、ベトナム南部の
農村地帯および中南部の山岳地帯の住民を中心に
一斉蜂起がおきましたが、旧大統領官邸前のナムキ
ーコイギア通り(政治犯を収容するサイゴン刑務所が
ありました。現在は総合科学図書館)とドンコイ通りも
呼応して人民の蜂起があったようです。

1975年4月30日のサイゴン陥落後は北ベトナム軍が接
収、引継ぎ、現在はホーチミン市の文化教育を担当する
役所として機能しています。

ホーチミン市のこの2つの通り、ナムキーコイギア
通りとドンコイ通りは実際に人民が蜂起した歴史
的な道路なんです。

ドンコイ通りのフルネームはDONG LONG KHOI NGHIA 
ドンロンは同心、コイギアは蜂起の意味です。略して
ドンコイです。

最初の名前は1865年フランス統治時代につけられた
カティーナ通り、ディンビンフーの戦いでフランスが
敗れて、ベトナムから引き上げた1954年からはトゥ
ユー通り(自由の意味)、1975年の南北統一後は南部
ベトナムには自由がなくなってしまったのかドンコ
イ通りに改称されました。

現在、昔の名前を留めているのは、マジェスティック
ホテル前の「カティーナクラブ」、シェラトンホテル
斜め前の「カティーナホテル」、カティーナホテル前
のレストラン「トゥユー」があります。

ドンコイ (3)
カティーナホテル

ドンコイ (4)
トゥユーレストラン

ドンコイ(5)
カティーナクラブ カフェです。
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