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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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チャン・フン・ダオ廟 
 
この寺に祭られているチャン・フン・ダオ(Tran Hung Dao/陳興
道、1228~1330)はベトナム人なら誰でも知っているベトナム
の国民的英雄です。

  境内の一角には陳朝の遺物を集めた博物館があります。
  
  陳朝(1225-1400)の初代皇帝・太宗の兄である陳柳の息
子で、本名はチャン・クォック・トアン(陳国峻)といいます。興道と
いう名は3回目のモンゴルの侵攻後彼の功績を讃えて与えられ
た王族としての称号です。
  
  ベトナム陳朝の時代、日本の鎌倉時代にモンゴル帝国の第5
代皇帝フビライ・ハーン(Kubilai Khan)のモンゴル軍は、当初、ベ
トナムや日本を属国にして中国の南宋を滅ぼす包囲網を築こうと
しました。日本では元寇(1274年の文永の役、1281年の弘安
の役)として知られていますが、ベトナムには1257年、1284年、
1287年と3度も攻め込んできました。  
  
  1257年、モンゴル軍はハノイをいったん占領したものの、そ
の後チャン・フン・ダオに補給路を断たれて撤退します。

  1284年、モンゴル軍の2度目の襲来の時、元の圧迫に恐れ
をなした仁宗が降伏しようと言い出したが、陳興道は「戦わずして
降伏するくらいなら、私の首を差し出せ」と言って、これを断固とし
て反対したという逸話が残っています。
  二度目の侵入でもモンゴル軍はハノイを制圧しましたが、陳興
道のゲリラ戦術と焦土戦術の前に退却せざるを得ませんでした。

  そして1287年、モンゴル帝国は三度50万人の大軍で海上
から陳朝とチャンパ王国を同時に攻撃してきます。このときばかり
は陳朝はチャンパ王チェー・マンと長年の遺恨を解消して共同戦
線を張り戦います。
  
  この時のチャン・フン・ダオの迎撃作戦は白藤(バクダン)江の
戦いとして後世に語り継がれています。
  その作戦は初のベトナム民族王朝を建てた呉権(ゴ・クェン)
の先訓を実行したものでした。「干潮のときに白藤(バクダン)江に
鉄の杭を立て、満潮を見計らってモンゴル軍の船団を杭を立てた
地点におびき寄せ、モンゴル軍が撃って出るのを見計らって、陳
軍は小さな船で戦いを挑みます。そして白藤江の潮が引きはじめ、
モンゴル軍の戦艦は杭にさえぎられ動けなくなったところで、陳軍
が突撃します。」 奮戦の末、モンゴル軍の戦艦100艘が沈没、4
00艘を焼き払い、総大将ウマルや数人の将軍を捕虜にしまし
た。
  
  この3回の戦いにモンゴル軍は全敗し、侵略をあきらめます。
ベトナムの民衆は彼を救国の英雄と称え、国中に彼を祀る廟が
立てられました。

  1300年、臨終の際、皇帝がその死を惜しんで、陳興道の病
床を訪れたといいます。

  彼の遺言に
「敵が辛抱強く、勝利を急がないようであれば、われわれは最も
優れた将軍を選び、将棋を戦うように最も効果的な戦術を駆使し
て戦うべきです。軍隊は親子のごとく一致団結し、民衆には心や
さしく接しなさい。民衆の力を育まなければなりません。山奥の道
をうがち、永続的な基地を作るようにじっくりとです」

  彼の遺言はその後のベトナム人に語り継がれ、ベトナム人の
フランスやアメリカに対する抵抗運動に国民皆兵で戦ったのはチ
ャン・フン・ダオの故事を国民がみな知っていたからかもしれませ
ん。

  白藤(バクダン)江は北ベトナムにあるのですが、ホーチミン市
1区のサイゴン川にもバクダン埠頭があり、チャン・フン・ダオの像
が建てられています。

  またレロイ通りとバスター通りの交差点には、バクダンという繁
盛しているアイスクリーム屋さんがあり、マクティブイ通りには同
名のホテルもあります。


01チャンフンダオ (1)  02チャンフンダオ (2)  03チャンフンダオ (3)


04チャンフンダオ (4)  05チャンフンダオ (5)  
05 昔の漢字は左から右に書いていました。右から書くようになったのは何時ごろからでしょうか。


06チャンフンダオ (6)  07チャンフンダオ (7)  08チャンフンダオ (8)  
06-08 本堂の欄干には、モンゴル軍との戦いが描かれています。


09チャンフンダオ (9)  10チャンフンダオ (10)  11チャンフンダオ (11)  


12チャンフンダオ (12)
陳朝の歴史と宝物を展示してある建物。毎日は開館していません。


13チャンフンダオ (13)  14チャンフンダオ (14)  15チャンフンダオ (15)
13-19 本堂にある陶器。国宝級です。きっと。


16チャンフンダオ (16)  17チャンフンダオ (17)  18チャンフンダオ (18)


19チャンフンダオ (19)
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