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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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南ベトナム解放民族戦線

1950年代後半のベトナム共和国(南ベトナム)は政情が
不安定であり、貧富格差の問題や政権腐敗、仏教徒に対
する弾圧などが生じていて、。ゴ・ディン・ジエム大統領に
対する反発勢力が増加していました。一方北ベトナムは
ジュネーヴ協定に基づく統一選挙が実施されなかったた
め、武力闘争によるベトナム統一を検討し始めていまし
た。

ホーチミン主席は武力闘争に反対でしたが、健康上の理
由からレズアンの強硬路線に押し切られます。

1960年12月20日 北ベトナム政府に指導されて、元ベトミン
を中心に各種政党や社会団体、宗派組織、民族団体
勢力が参集して南ベトナム政府に対する反政府組織とし
て、南ベトナム解放民族戦線(National Front for
Liberation of South Viet Nam=NLF)がタイニン省チョウ
タン県タンラップ村のゴム農園で結成されました。

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NLFは通称ベトコンと呼ばれ、南ベトナムに対して武力闘
争を始め、ここにベトナム戦争が勃発します。以降南ベト
ナムの開放に向け中核の戦力に発展します。

1969年6月には南ベトナム共和国臨時革命政府を樹立
して、1973年のパリ和平協定にも参加して協定に調印し
ます。

1975年4月、北ベトナム軍とともにホー・チ・ミン作戦
を行って南ベトナムの解放を成し遂げます。

戦争終了後は北ベトナムのベトナム祖国戦線に合流する
形で解体します。

しかし戦後、北ベトナムの急激な共産主義化政策と意
見が合わず、解放戦線議長のグエン・フー・トが僅か
に名誉職である国会議長に就任した程度で、ベトナム
から出国する幹部や反発する元兵士が続出しました。

現在では南ベトナム解放民族戦線の役割が見直され、
設立日が国の記念日として祝典が行われています。


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たこ焼き
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ホーチミン市の中心街、レロイ通りとバスター通りの交差
点にバクダンという有名なアイスクリーム屋さんがあるの
ですが、その隣の路上でたこ焼き屋さんが商売していま
した。

グロテスクな蛸を炭火で焼いているところから始まって、
鉄板で焼くまで、たこ焼きの全工程が見られます。(笑)

たこ焼きの鉄板が日本のと違って、とてもユニークなもの
です。焼き方も串でひっくり返す技術がないと見えて、専
用の入れ物に入れて焼いていました。

ホーチミン市でのたこ焼き屋さん、初登場だと思います。

バンコクにいるときには、たこ焼き屋さんが結構、繁盛し
ていると聞きましたが、ホーチミンではどうでしょうか?
マグロの刺身
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ホーチミン市の日本食堂で刺身定食を食べたら、まず5ド
ル以上はします。日本の価格感覚からすれば安いかもし
れませんが、ベトナムの物価水準を考慮したらとても高い
価格になります。我々庶民の一食は1ドルで食べられる
のですから。

最近、日本食材を売っているレタントン通りのスーパー、
シティーマートで冷凍のマグロの刺身を売っているのを
見かけました。とても安かったので味見のため買ってみま
した。

6人分の定食ぐらいあって、42000ドン。ベトナムの海で
取れたものなのか、輸入品なのかわかりませんが、赤み
のマグロです。味も日本で買うものと変わりませんでした。

ベトナム人も基本的には生の魚は食べないようですが、
しかし最近は日本の寿司が食べたいという人がたくさん
いて、ちょっとした寿司ブームです。

いつでも買えるわけではありませんが、たまに自炊される
方は、一度味見する価値はあります。でも最初はわさびと
日本の醤油も買わねばならないので高くついてしまいま
す。



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