べトナム ホーチミン 情報 日常生活
ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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メコンデルタの町 ミトー
日本語: メコンデルタ
ベトナム語  ソン・クーロン(Song Cuu Long)


ベトナムには北部に紅河デルタ、南部にメコンデルタがあり、双方とも主要な
ベトナムの穀倉地帯となっています。

メコンデルタは東南アジアのアジアハイウェイとともに日本の経済援助の対象
地域の中心として現在にわかに注目されていて、現地の人もこのメコンデル
タは日本政府の援助で開発されていますと説明してくれます。サイゴンから一
番近いメコンデルタの町ミトーへはバスで所要2時間、道の両側には工場や
住宅の建設、道路整備が急ピッチで行われています。ミトーの町はベトナム
戦争中、メコンデルタ最大の激戦地であったため、現在でも町に住む人々の
生活水準はいまだに低いそうです。

デルタ地帯には運河が縦横無尽に通っており、メコン川には中洲のような島
がたくさんあります。ミトー観光はこの島々を小船で上陸しながら楽しみます。

波止場
波止場の建物はとてもきれいなのですが、泊まっている船は小船ばかり。大
型観光船は1隻しか停泊していない。メコン川は広く、高額な料金と引き換え
に大型船で、優雅に景観を楽しむのも一考。しかしメインは熱帯雨林の中の
運河をゆったりと小船にゆられて見る景観の感動にはかなわないでしょう。

メコン川
メコンデルタを形成するメコン川下流の水質は、堆積物を上流から多量に運
んでくる為、茶褐色ににごっているけれども、豊かな実りを我々に与えてくれ
ている。

Fishing Villege 島に上陸
この島にはココナツキャンディーを作っている店があり、キャンディーの製造
過程を詳しく説明してくれます。ココナツというと、冷えた果汁を水代わりに飲
みますが、殻の内側についている果実からキャンディーが作られ。殻も捨てる
ことなく燃料として使われます。

Unikorn Island に上陸
上陸後、馬車にのって熱帯雨林探検の出発地へと向かいます。小船に4人
づつ乗っていよいよ熱帯雨林のジャングルの中を手漕きの小船で見て廻りま
す。アオヤイ(アオザイ)を着た漕ぎ手の女性がゆったりと艪を漕ぐ姿は周りの
景観に劣らず目を惹かれます。

一休み
島には観光客の為に木と木の葉で作ったレストランが数件あります。島の人
達の貴重な収入源なのだと思います。回りの民家の庭には墓がたくさんあり
ます。ここら辺ですと土葬なので、石の上に棺桶をそのまま横にしておいてあ
るだけといった形が多いのです。歴代の当主やベトナム戦争で命を落とした
人々が眠っているのでしょう。


ミトー観光の概略図
01概観地図




波止場
10波止場 (1)  11波止場 (2)  12波止場 (3)


13波止場 (4)  14波止場 (5)




メコン川に浮かぶ小島に上陸
20上陸1 (1)  21上陸1 (2)  22上陸1 (3)


23上陸1 (4)




ココナッツキャンディー工場
30キャンディー製作 (1)  31キャンディー製作 (2)  32キャンディー製作 (3)


33キャンディー製作 (4)  34キャンディー製作 (5)  35キャンディー製作 (7)


36キャンディー製作 (8)  37キャンディー製作 (9)  38キャンディー製作 (10)


39キャンディー製作 (11)



一休み
40一休み (2)  41一休み (3)  42一休み (4)


43一休み (5)  




熱帯雨林の探索
50熱帯雨林 (1)  51熱帯雨林 (2)  52熱帯雨林 (3)  


53熱帯雨林 (4)  54熱帯雨林 (5)  55熱帯雨林 (6)


56熱帯雨林 (7)  57熱帯雨林 (8)  58熱帯雨林 (9)


59熱帯雨林 (10)  60熱帯雨林 (11)  61熱帯雨林 (12)




川の上に家がある!
70川の家 (1)  71川の家 (2)






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車のナンバープレート

日本では自家用車と営業用の車がナンバープレートの色で分けられてい
ますが、ベトナムではお上と庶民でプレートの色が違います。

赤いプレートに白抜きの文字は軍関係者の車両です。軍関係が管理す
る地域は、その地域に風俗店があっても、公安はよほどのことがないと手
入れが出来ないようです。この地域では外国人も安心して遊べますよと滞
在が長い日本人が教えてくれました。

じゃその場所教えてよ!!

青いプレートに白抜きの文字は警察を始めとした官庁関係の車両です。
ベトナムでは上流階級です。国家公務員ですから。

一般庶民で金持ちは白いプレートに緑色の文字です。

ベトナムで車を買うのは、小さな家を買うのよりも高いですよ。

最近はベトナムでも金持ちが増えてきていますので、ポルシェに乗ってい
る人を見かけましたが、親は相当な賄賂をもらえる立場の人なんでしょう。


01プレート (1)  02プレート (2)  03プレート (3)


マリアマン ヒンズー教寺院

マリアマン ヒンズー教寺院
英語:Mariamman Hindu Temple
ベトナム語;Chua Ba Mariamman
場所;45 D. Truong Dinh


19世紀末に建てられたヒンズー教の寺院で女神マリアマンを祭っています
が、経典は紀元前4Cから1Cにかけて釈迦の弟子によってまとめられた阿
含経です。

正門の上にはドラヴィダ建築様式の塔がそびえたって、南インドを彷彿させ
ています。

この寺は昔インドから移民した人たちのために建築されたものらしいのです
が、現在ではホーチミン市には南インド出身のタミール人は数十人しかいな
いそうです。

タミール人以外にも信者がたくさんいるようで平日でも線香が絶えません。

この寺院の回廊の上にはヒンズーの神々が描かれていて、多神教のヒンズ
ー教の特色が顕著に現れています。信仰心がなくてもいろいろな神に出会えて、
それだけでも見る価値があります。

ホーチミン市にはヒンズー教の寺院はここだけと聞いていましたが、最近散
歩をしていてどうみてもヒンズーの寺院!というお寺を発見しました。



10寺院概観
10 寺院の構図


20正面  21正面2  22正面3


23正面内部


ヒンズー教の神々

3101 KALIYAMMAN  3202 BIRMAN  3303 BIRMASAKTHI
31 KALIYAMMAN
32 BIRMAN
33 BIRMASAKTHI



3404 SAMUNDI  3505 BHUVANESWARI  3606 TIRUMAGAL
34 SAMUNDI
35 BHUVANESWARI
36 TIRUMAGAL



3707 MAGESWARI  3808 INDIRADURGAI  3909 MEENAKCHI
37 MAGESWARI
38 INDIRADURGAI
39 MEENAKCHI



4010 MAHAVISHNU  4111 ANDAL  4212 VALAMBIGAI
40 MAHAVISHNU 
41 ANDAL 
42 VALAMBIGAI 



4313 KANNIGAPARAMESWARI  4414 KAMATCHIAMMAN  4515 PARVATHI  and MURGAN
43 KANNIGAOARAMESWARI
44 KAMATCHIAMMAN
45 PARVATHU and MURGAN



4616 PARAMASIVAN  4717 MADARAJAR  4818 SIVAGAMI  
46 PARAMASIVAN
47 NADARAJAR
48 SIVAGAMI



49クリシュナ像  50ライオン像
49 クリシュナ 超かわいい神様です。 
50 ライオン像 ヒンズー教とどういう関係あるのかわかりません。






サッカー大好き
ベトナムではサッカーが一番の人気スポーツのようです。12月14日対シ
ンガポール戦でベトナムが4-1で勝利しました。日本であれば居酒屋さ
んで気勢をあげて喜ぶ程度でしょうが、ホーチミンの市内はちょっと様子
が違います。

夜の9時ごろでしか、やけに外がうるさい。酔っ払いが気勢を上げている
のかと思い気にしないでいたら、外のお騒ぎは一向におさまらず、それど
ころか爆音とともに太鼓の音も入り混じって大騒ぎをしているよう。

たまらす外に様子を見に出かけると、なじみの近所の人たちはすでに野
次馬になっている。

見れば道路一面が暴走族で占拠され、200~300台位のオートバイがベ
トナム国旗をかかげ、鳴り物鳴らして、大騒ぎで暴走している。

バイクは殆んど2人乗り。こりゃ日本の暴走族どころではない。早速カメラ
を取りに部屋に帰る途中、「4-1 だってさ~~」のベトナム語を小耳に
挟んで、やっと事情が判明。

17年間のベトナム戦争で数百万人の人命を失ったベトナムは、戦後生ま
れの人が多い若い国なので、ひとたび火がつくとそのエネルギーはすざ
ましい。ベトナムの都会はとてもエキサイティングでクレイジーだ。

勿論、翌日の新聞の一面トップはどの新聞もサッカーの記事でした。


01サッカー (1)  02サッカー (2)  03サッカー (3)
01 02 ハイバチュン通り
03 以降は翌日の各スポーツ新聞



04サッカー (4)  05サッカー (5)  06サッカー (6)



07サッカー (8)  08サッカー (9)  09サッカー (10)

クリスマス
今日はまだ12月14日ですがホーチミンの繁華街はクリスマスムードづくりに忙しそうです。道路にはアーチ型の鉄骨で飾りつけが行われ、デパートではクリスマスツリーが飾られ子供達が早くも写真に納まっています。道路に面した一般商店でさえメリークリスマスの看板を掲げています。

ベトナムのクリスチャンは10%程度なのですが、フランス植民地だった影響でしょうか町はクリスマス色で一杯です。教会もホーチミン市ではたくさん見かけます。

フランスパンやケーキ屋さんも東京より多いかもしれません。東南アジアでフランスパンが日常の生活に密着している国はべトナム以外にもありますか? ケーキ屋さんも24日は稼ぎ時でしょう。


14日の写真
01クリスマス (1)  02クリスマス (2)  03クリスマス (3)




クリスマス続報

年末から新年にかけてホーチミンの繁華街はものすごい騒々しさでした。特に20日の日曜日と24日の夜は人、人、人というよりバイク、バイクで車道も歩道も満員状態。24日の夜はサイゴン大聖堂の周りはお祈りどころかお祭り騒ぎ、マリア様もびっくりされているようでした。


20日(日曜日の写真)
10クリスマス20日 (1)  11クリスマス20日 (2)  12クリスマス20日 (3)


13クリスマス20日 (4)  14クリスマス20日 (5)  15クリスマス20日 (6)


16クリスマス20日 (7)  17クリスマス20日 (8)  18クリスマス20日 (10)


19クリスマス20日 (11)  20クリスマス20日 (12)  21クリスマス20日 (13)


22クリスマス20日 (14)  23クリスマス20日 (15)  24クリスマス20日 (16)


25クリスマス20日 (17)  26クリスマス20日 (18)  27クリスマス20日 (20)


28クリスマス20日 (21)  29クリスマス20日 (22)  30クリスマス20日 (23)


31クリスマス20日 (24)  32クリスマス20日 (25)  33クリスマス20日 (26)


34クリスマス20日 (27)  35クリスマス20日 (28)  36クリスマス20日 (29)


37クリスマス20日 (30)  38クリスマス20日 (37)  39クリスマス20日 (28)


39クリスマス20日 (32)  40クリスマス20日 (33)  41クリスマス20日 (34)


42クリスマス20日 (35)  43クリスマス20日 (36)  44クリスマス20日 (39)




24日(クリスマスイブの写真)
50クリスマス24日 (0)  51クリスマス24日 (1)  52クリスマス24日 (2)


53クリスマス24日 (3)  54クリスマス24日 (4)  55クリスマス24日 (5)


56クリスマス24日 (6)  57クリスマス24日 (7)  58クリスマス24日 (8)


59クリスマス24日 (9)




自転車販売店
ホーチミン市にはオートバイの販売店はたくさんあるのですが、自転車の
専門販売店はなかなか見つけられません。レタンタン通りをベンタン市場の方へ向かって
まっすぐ行くとNew World Hotelに突き当たります。ホテルの裏側に出るのですが、
ここに2件、自転車専門店があります。

この2件は品質もしっかりした自転車を売っています。ギアの付いていない自転車だと
1300000~1600000ドンで買えます。

ホーチミン市の滞在が長くなるのであれば自転車を利用するのが一番です。郊外へ行くの
は別として絵葉書に載っているような観光地は自分で自由に廻れます。

ただしオートバイの洪水に負けない精神力が必要ですけど。

01自転車販売店2  02自転車販売店1

ビアホイ
ホーチミン市にはビアガーデンが見当たりません。暑い国なので屋上に
行ったからといっても涼しくないのでしょうか。夕方になると道端に椅子を
出しては数人が集まりビールやコーヒーを飲みながら雑談をしています。

これが野外ではなく、屋内になると、ビアホイと呼ばれています。ホイはち
ょっとという意味がありますから、日本で言えば、ちょっと一杯というところ
でしょうか。ただし飲み物はビールだけです。

ティサックという通りにあるビアホイを覗いてみました。

安い。ビールがリットルで売っていて、1リットル8000ドン、日本円にしたら
40円です。一人じゃ1リットルも要りませんよ~~。

ベトナム人のビール好きはつとに有名なんですが、これだけ安ければすぐ
手が出ちゃいますね。つまみは2種類のハム。ビールにハムがとてもあっ
ていて、結局一人で1リットル飲んでしまいました。

閉店は早く7時頃には閉まっていました。



01ビアホイ (1)  02ビアホイ (2)  03ビアホイ (3)
戦争証跡博物館 ベトナム戦争の実態
戦争証跡博物館
WAR REMNANTS NUSEUM
BAO TANG CHUNG TICH CHIEN TRANH
バオタン チュンティック チエンチャン
場所:28 VO VAN TAN, Q1

1975年9月に設立。
当初はアメリカ傀儡戦争犯罪展示館と呼ばれていたが、観光上の理由で穏やかな名前に変更された。
昔の米軍情報省の建物を博物館として使用している。

内部展示場と外部展示場に分かれており、外部には戦争に使われた米軍の戦闘機、戦車、大砲、
爆弾が展示され、野外の別棟にはフランス軍の使用した処刑道具のギロチン、拷問道具、コンソン
島にあったトラの檻と呼ばれていた刑務所の部屋を再現している。

内部にはアメリカ軍のミーライ大虐殺やベトナム全土に無差別にばら撒かれた枯葉剤の被害写真
が展示されています。

日本人の軍事写真家、石川文洋氏の写真も彼の言葉とともに展示されている。

以下は石川文洋氏の言葉
「戦争は一人でも多く相手を殺すことである。だけど、自分は助かりたい。このことを、
神はどう考えているのだろうか」

この博物館に来れば戦争の悲惨さと、犠牲者はいつも一般市民であることを強烈の感じさせてくれる。

この博物館を見学するだけでもホーチミン市に来た価値があります。

10パンフ1  11パンフ2  12正面1



13独立宣言1  14独立宣言2  15パリ和平会談
13,14 1945年の独立宣言
15   パリ和平会談


16戦車突入
16 サイゴン陥落の歴史的瞬間



投入された兵器
20兵器 (1)  21兵器 (2)  22兵器 (4)



23兵器 (5)  24兵器 (11)  25兵器 (12)



26兵器 (13)  27兵器 (14)  28兵器 (15)



29兵器 (16)  30兵器 (17)  31兵器 (18)



32兵器 (19)  33兵器 (20)  34兵器 (21)



35兵器 (22)



投下された爆弾
40爆弾1  41爆弾2  42爆弾3


戦争の実態
50写真 (1)  51写真 (2)  52写真 (3)



53写真 (4)  54写真 (5)  55写真 (6)



56写真 (7)  57写真 (8)  58写真 (9)



59写真 (10)  60写真 (11)  61写真 (12)



62写真 (13)  63写真 (14)  64写真 (15)



65写真 (16)  66写真 (17)  67写真 (18)



68写真 (19)  69写真 (20)  70写真 (21)



71写真 (22)  72写真 (23)  73写真 (24)



74写真 (25)  75写真 (26)  76写真 (27)



77写真 (28)  78写真 (29)  79写真 (30)



80写真 (31)  81写真 (32)  82写真 (33)



83写真 (34)  84写真 (35)  85写真 (36)



86写真 (37)


日本人従軍記者 沢田さんの遺品
90沢田 (1)  91沢田 (2)  92沢田 (3)



93沢田 (4)  94沢田 (5)



枯葉剤の悪夢
100枯葉剤 (1) 101枯葉剤 (2) 102枯葉剤 (3)



103枯葉剤 (4) 104枯葉剤 (5) 105枯葉剤 (6)



106枯葉剤 (7) 107枯葉剤 (8) 108枯葉剤 (9)



109枯葉剤 (10) 110枯葉剤 (11) 111枯葉剤 (12)



112枯葉剤 (13) 113枯葉剤 (14) 114枯葉剤 (15)



115枯葉剤 (16)



刑務所とギロチン
120刑務所 (1) 121刑務所 (2) 122刑務所 (3)



123刑務所 (4) 124刑務所 (5) 125刑務所 (6)



126刑務所 (7)
126 ギロチン処刑場に向かう















サイゴンセントラルモスク


1935年南インド系イスラム教徒が建てたモスク。ベトナム戦争終結時の1975年にインド系のイスラム教徒は国外に脱出してしまったので、現在南ベトナムには数人しか残っていないそうです。それでもホーチミン市には12のモスクがあります。

1日5回の礼拝には主に非インド系のイスラム人が集まってくるそうです。

イスラム教では偶像崇拝は禁止ですし、人間や動物をモチーフにした飾り物も禁止ですので、仏教寺院のように飾り立てる装飾品がなくとてもシンプルなつくりです。庭もチリひとつなくとてもきれいに手入れされています。

礼拝堂には壁にくぼんだところがあり、これが聖地の方向に向いているので、この壁に向かって祈ります。

モスクの中にはアラビア語の学校や食堂が併設されています。
モスクは礼拝の場所であるとともに助け合いの場所でもあります。

イスラム教では豚肉が食べられないので、道路の反対側には豚肉を使わない食堂(ハラル料理といいます)があります。


01MOSQUE (1)  02MOSQUE (2)  03MOSQUE (3)



04MOSQUE (4)  05MOSQUE (5)  06MOSQUE (6)



07MOSQUE (7)  08MOSQUE (8)  09MOSQUE (9)



10MOSQUE (10)  11MOSQUE (11)  12MOSQUE (12)

通称日本人通り
レタントン通りからトンドゥックタン通りに抜ける道路にゴバンナム通りという道があります。

通称日本人通りでバンコクで言えばタニヤ通り。日本人向けのカラオケ店が犇めき合っている歓楽街です。
歓楽街といってもバンコクとは違ってここは社会主義の国、女の子のOFFは原則的には出来ません。接待の女の子はお酒を注いでくれるだけ。それでもホーチミンでは日本人にとって貴重な存在なんです。

観光地ではないので、観光ガイドには道路の名前が載っている程度ですので、ホーチミンに少し長く住んでいる人でないと御用がないかも知れません。ここで働いている女性は日本語多少出来ますので、ベトナム語を教わる為に高い授業料を払って通っている日本人もいます。1回癒してもらうのに100万ドン(日本円では5000円位ですけど)近くかかりますので、そう頻繁にはいけませんね。

ここにやり手の日本人おばさんがいて、このゴバンナム通りだけでも数件のカラオケ店を経営しています。ホーチミン市では全部で8件経営しているそうです。このおばさん、東京の銀座、シャガールのママさんなんだそうです。

 00  NGO BAN NAM
写真は地図上の番号に対応しています。



01-101-1看板01-201-2入り口01-301-3通り1



  33Q.jpg  44ロイヤル  66楓



 77SAKURAN.jpg 1414CATS EYE 1615Loi Chao



1717花蝶 1919コルドンブルー 2121TU DO 1 Liberty



2323ARISA.jpg 2525金のぶた



ベトナムのお葬式
ベトナムのお葬式は土葬も火葬もあるようです。都会では火葬が多いようですが、地方ではまだ圧倒的に土葬です。土葬というと土の中に埋めてしまうイメージですが、それもあるでしょうが現在ではお棺を四方をコンクリートで固めた穴の中に入れて蓋をする形式です。

火葬しか認められていない?日本と違ってお棺はとても立派に造られています。

土葬の場合でも何年もすれば、骨だけになってしまうのでしょうか?
お棺の中には香のする木のチップがたくさん入れられます。

お葬式は普通は4日間行われます。親族が遠くに居るときは到着を待って出棺しますので、1週間も続くことがあります。

親族は白装束に三角帽をかぶっていたり、白い鉢巻をしています。参列者は日本のように喪服を着ている人はあまり見かけませんでした。地味な服装なら何でもよいようです。私は黒のT シャツを買って着ていきました。

ベトナムのお葬式は、楽団が来ていてお焼香をするときには演奏してくれます。中にはお焼香にかかわらず、にぎやかに演奏している場合もあると聞きます。

霊柩車もキンキラキンで花車のようです。

ベトナムのお葬式は日本と違って故人が天国に行って寂しくないように楽しく送ってあげるそうですよ。

付けたし
ベトナムの保存技術はすばらしく、ホーチミン主席はそのままの状態で弔問客に相対しましたが、追って中国の毛沢東主席が死去したときに、中国はベトナムに保存技術の教えを乞うたのですが、その時期ベトナムと中国は関係が悪化していた時だったので、ベトナムは教えなかったそうです。結果、毛沢東主席の遺体はかなり腐ってしまって顔だけしか弔問客と対面できなかったそうです。そういえば当時のニュース写真も顔だけしか映っていません。


01お墓1  02お墓2

01 土葬のお墓
02 寺院の納骨室
ベトナム書道
ベトナムも昔は1000年も中国の属国でしたから書道の文化があるのは推察できる
のですが、石にアルファベットで文字を書くのはベトナム独自で発展した文化ではと思います。

昔は漢字で書いたのだと思いますが、1930年ごろからアルファベット文字の書体が
現れたそうです。

日本でも山奥の川原にわざわざ石を探しに行って、村人の力を借りて下流まで運んでもらい、
わが子のようにピカピカに石を磨いて置物にしている趣味人が居ますが、ベトナムではその石
に書道が付け加わっているのですからとても手間のかかる芸術作品なんです。

ベトナムにはお正月(テト)近くになると自分の好きな言葉や詩を書道家に書いてもらい、
自宅のインテリアとして飾ったり贈り物などにする慣習があるそうです。

先日、焼身自殺でも有名なサーロイ寺に行きましたらお土産店に文字だけが書かれた絵葉書?
が売っていました。


01書道 (1)  02書道 (2)  03書道 (3)



04書道 (4)  05書道 (5)  06書道 (6)



07書道 (7)  08書道 (8)

08 これは書道でないかもしれませんが

図書館
ホーチミン市博物館の隣に大きな公共図書館があります。日本の国会図書
館のような立派な建物で、外国人でもパスポートとそのコピー、写真1枚、使
用料200000ドン(1年)を支払えば、コンピュターも使用でき、冷房の効い
たビシネスルームが利用可能です。

ただし日本語の蔵書はありませんし、日本人で勉強している人もいません。
ベトナムの図書館はまだ発展途上で、利用も有料です。

ベトナムは若い国なので、ここで勉強している人たちも殆んどが若者です。
館外にはキャンティンと呼ばれる食堂もあり、館外のベンチに座って読書に
ふけっている人も大勢います。日本で庭付きの図書館は見かけませんが、
ここでは敷地内ならどこで勉強してもかまいません。館内の廊下に座りこん
でインターネットを使っている人もいます。廊下は無料でインターネットが使
えるので。


おそらくこの図書館はホーチミン市で一番環境の整った勉強場所かもしれ
ません。

館外の石作りのベンチにはベトナムーアイルランド フレンドシップと刻まれ
ているので、アイルランド国もこの図書館の設置に協力しているようです。

休館日:   月曜日と祝日
開館時間:  火曜日―金曜日 7:30-19:00
        土曜日、日曜日 9:00-17:00


図書館の概観
10図書館 10  11図書館 11  12図書館 12


13図書館 13  14図書館 14



受付と内部
20図書館 20  21図書館 21  22図書館 22

20 読書だけだと年間25000ドン、ビシネスルーム使用は200000ドン


23図書館 23



屋外
30図書館 30  31図書館 31  32図書館 32

30 庭にある図書館設立に功績のあったリートゥチョンの銅像。図書館入り口の前の通りもリートゥチョン通り。


33図書館 33  34図書館 35

34 アイルランド国とのフレンドシップと書かれたベンチと食堂の看板



ベトナムの図書館

歴史
---------------------------------------------------------------------------
ベトナムは10世紀終わりまで中国に支配されていたため、仏教の経典を保存するための建物が設置された。この時代は蔵書の保存場所で現在でいう図書館といえる性格のものであったかは疑問です。

1853年から1954年のフランス統治の時代には、フランス政府が統治の一手段として図書館を設置し、ベトナム政府が運営しました。蔵書はほとんどが仏語でした。

現在ベトナム最大の図書館である国家図書館も1919年にハノイにインドシナ中央図書館として設置されています。

1954年から1975年の第2次インドシナ戦争中は北ベトナムと南ベトナムに分かれていましたので、図書の分類方法も北はロシア、南はアメリカの制度の基に運営されました。

1975年の南北統一後、特に1985年のドイモイ政策(市場開放政策)以降は公共,社会科学,技術・科学情報,学術,教育,健康,農業,軍事図書館といった8つの図書館システムが稼動していますが、戦争に明け暮れたベトナムの特殊な事情から、現在も図書館システムは整備中です。



ベトナム国家図書館
-----------------------------------------------------------------
ハノイのホアンキエム湖の近く、チャンティー通りにあるベトナム国家図書館は1919年に設置されました。当初はフランスのインドシナ全権の名と取ってピエール・パスキエール図書館と銘銘されていました。

1954年フランスとの戦争に勝利してからは中央図書館と改名され、1957年にベトナム国家図書館となりました。

図書館の設置、改革にはホーチミン主席自らが特に力を入れ、今日の図書館制度が出来上がっています。







ホーチミン主席記念館
英語:     HO CHI MINH MUSEUM
ベトナム語:  BAO THANG HO CHI MINH
         バオタン ホーチミン
場所:     1 NGUYEN TAT THANH, Q4


ホーチミン主席の記念館はべトナムの各地にありますが、ここもその一つ。ドラゴンハウスの愛称があります。

1863年4月4日に起工された2階建てのこの建物はフランスの海運会社Essageries Maritimes社によって建築され、会社の社宅および乗船切符売り場として使われていた。

フランスの貨物船で働いていた若きホーチミン主席はここから21歳の時にフランスへと旅立った。その後ソビエト、中国などを廻り、ベトナムに帰ったのは30年後である。


ホーチミン主席は清貧な生活をしていたので、この博物館にも特に際立った展示品はなく、建物そのものを保存する意味合いからホーチミン市は1979年9月3日記念館として保存、公開することを決定しました。


01主席記念館 (1)  02主席記念館 (2)  03主席記念館 (3)
01 記念館はベトナムの各地にあります。



04主席記念館 (4)  05主席記念館 (5)  
05 サイゴン川を渡って4区のすぐ左にあります。



06主席記念館 (6)  07主席記念館 (7)
06 古い2輪の乗り物は車輪が木製です。
ホーチミン市博物館
MUSEUM OF HO CHI MINH CITY
BAO TANG THANH PHO HO CHI MINH
バオタン タンホー ホーチミン
場所   65 LY TU TRONG, Q1
ホーチミン市博物館はリートゥチョン、バスター、レタントン、
ナムキーコイギア通りに囲まれた一角にあります。
休館日  月曜日


フランス人建築家FOULHOUXの設計により、1885年から
5年の歳月をかけて建築され、1890年に完成したネオク
ラシック様式のフランスコロニアル建築物ですが、外壁は
グレーで、最上階のレリーフにはベトナム独自の動物が
飾られています。

設計にはドイツの建築様式を参考にしているため、
ほかの歴史的コロニアル建築とは一味違っています。

建設当初はザーロン宮と呼ばれ、南部ベトナムの特産物
展示場でした。

1941年日本軍がベトナムに進駐すると、蓑田総督の私
邸として使われました。

日本の敗戦を受けて始まった1945年のベトナム8月革命時
には南部臨時革命委員会の本部として機能し、独立宣言を
したベトナム民主共和国の国旗が南部ベトナムで始めて
掲げられた建物でもあります。

しかし9月23日にはフランス軍のベトナム再植民地化に
よって占領され、フランス総督私邸として使用されます。

1954年5月7日、フランス軍がディン・ビン・フーの
戦いに敗れたため、1955年からは、後の南ベトナム大統
領ゴ・ディン・ジェムに引き継がれました。

その後、グエン・バン・チュウ大統領の時代には最高裁判所
として使われ、

南北統一後はホーチミン人民委員会の決定により、1978
年から革命博物館となります。今日名称は改称され、ホ
ーチミン市博物館となっています。


博物館になる前は正面玄関の両サイドで女性像が迎え
てくれていましたが、現在は撤去されています。

1963年11月1日に発生した南ベトナムのクーデターで
ゴ・ディン・ジェム大統領と実弟のヌー大統領顧問は大統
領官邸からこの博物館に地下道を通って一時避難し、そ
の後チャタム教会へと逃走しましたが、自国軍の兵士に
殺害されました。博物館の地下道は見学コースから外れ
ていますが、頼めば見せてくれるかもしれません。

建物外部にはベトナム戦争の遺物であるジェット機やヘ
リコプター、戦車などの兵器が展示されていて、塀の外か
らも見えます。

建物内部には1963年にゴ・ディン・ジェム大統領の政策
に抗議して焼身自殺をした僧侶ティック・クアン・ドックの
衝撃的な写真や戦車が大統領官邸に突入する歴史的写
真が展示されています。

その他、抗仏戦争、ベトナム戦争の写真や物品、ベトナ
ム美術品、昔の日常生活の写真や物品などが展示され、
サイゴン300年の歴史がわかるようになっています。

展示物には、ベトナム語のほかに英文が併記されていま
すが、日本語はありません。



01HCM博物館 (1)  02HCM博物館 (2)


10HCM博物館 (3)  11HCM博物館 (4)  12HCM博物館 (5)


13HCM博物館 (6)  14HCM博物館 (7)



20HCM博物館 (8)  21HCM博物館 (9)  22HCM博物館 (10)

20 1975年4月8日 南ベトナム軍を裏切ったNguyen Thanh Trung が旧南ベトナム大統領官邸を爆撃したアメリカ製 F5戦闘機。 官邸屋上のヘリポートの傍に2発の爆弾が落下した跡がマーキングされています。
22 アメリカ製ヘリコプター UH-1




23HCM博物館 (11)  24HCM博物館 (12)
23 アメリカ製戦車 M41


30HCM博物館 (13)  31HCM博物館 (14)  32HCM博物館 (15)

31 ゴ・ディン・ジェム大統領の政策に抗議するため焼身自殺した僧侶。大統領は敬虔なカトリック教徒でした。
この自殺を人間バーべキュウとした南ベトナムに対して時のアメリカ大統領ケネディーが激怒し、ジェム大統領の命はアメリカによって保障されなくなってしまいました。
32 サイゴン攻略の最後の作戦が練られた軍事施設。地下トンネルで有名なクチにあります。


40HCM博物館 (16)  41HCM博物館 (17)  42HCM博物館 (18)
40 自転車はこんなに荷物積めるのです。
41 上段に2つそろばん球があるのですが、どうやって使うのでしょう。

カジノ
社会主義国ベトナムではカジノは合法で認められています。

キャラヴェル、レックス、マジェスティクなどの5つ星ホテルにはカジノが併設されていますし、街中にもカジノがあります。外国人が入場するにはパスポートの提示を求められるそうですが。

カジノなどは働かないでお金を儲けようとするのですから、社会主義の国ではとても認められないと思っていましたら、とんだ勘違いでした。お隣のカンボジアもラオスも、果てはシンガポールもミャンマーもみんなカジノは合法なんですって。

東南アジアで非合法なのは資本主義国のタイ国。なんか反対のような気がしませんか? タイ国と国境を接する国は国境の町にはタイ人を相手にしたカジノがたくさんあるそうですよ。

ホーチミン市にあるカジノのパンフレットを集めてみました。

VEGAS
Caravelle Hotel

BINGO CLUB
Rex Hotel

CLUB ROYAL
Majestic Hotel

VIVA CLUB SLOT
Ton Duc Thang

VICTORIA VIP CLUB
Nguyen Hue



01  02BINGO.jpg  03ROYAL.jpg


DISCO
ベトナムではDISCOなどは退廃した資本主義の産物を思われているのか、看板にはレストランとの文字があり、DISCOと兼業しています。

中心街の繁華街通りに2件あります。ティサック通りのApocalypse Nowとハイバチュン通りのフォンドン。試しにアポカリプスに見学に行ってまいりました。午前2時近くまで営業していましたから、きっと多額の献金をしているのでしょうね。飲食店も普通は12時閉店ですから。

お店はビール1本、70000ドンで何時間居てもかまいませんから、結構良心的なのだと思います。DISCO といっても踊るスペースは殆んどなく、席と席の間で踊れるぐらいです。音楽だけがDISCO調なんです。東京の六本木のDISCOをイメージしていたら落胆して帰ることになります。

近くのシェラトンホテルでは日本人が半数以上泊まっているのですが、どこか面白いとこないと聞く日本人にはここを教えてくれます


Apocalypse Now
01Disco (1)  02Disco (2)


Phuong Dong
03Disco (3)  04Disco (4)




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