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ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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歴史博物館  更新
歴史博物館

植民地時代 ブランシャール・ドゥ・ラ・ブロス美術館
Musée Blanchard de la Brosse)
現在 ホーチミン市ベトナム歴史博物館 
Bảo Tành Lịch Sử Việt Nam, TPNCM 
場所 2 Nguyen Bỉnh Khiêm
レズアン通りの突き当たりで、動物園の入口にあります。

11 (320x400)

1790年
この土地はグエンフックアイン(後のグエン王朝初代皇帝
ザーロン帝)がサイゴンを奪還した時に、援助を惜しま
なかったフランス人アドラン司教のために家を建てたのが
始まりです。

1882年
フランスがコーチシナを植民地にした後、サイゴンには考
古学研究機関が2つ設立され、インドシナの考古学的
工芸品の収集や保存に多大な貢献をしました。

1882年発足「インドシナ研究会」
         (Société des études Indochinoises)
1898年発足「インドシナ考古調査団」
      (Mission archéologique d’Indo-hine)
1900年改称「フランス極東学院」
       (l'École française d'Extrême-Orient)

1925年時点
インドシナの各都市では国営の博物館を持っていました
が、(ハノイ・・1909年、プノンペンとダナン・・1919年、
フエ・・1923年)サイゴンにはまだ適切な博物館があり
ませんでした。     

1927年
海軍の薬剤師であり、古美術収集家であった
Victor-Thomas Holbé博士の死は博物館建設に向け
てフランス当局を動かします。

博士の多くのアジア美術コレクションが壊れたり、オーク
ションで販売されてはならないことを懸念した「インドシナ
研究会」は45000ピアストルで彼のコレクションを買い
取り、政府に博物館を建設させる意図を持って政府に
寄贈します。

1927年11月24日
この戦略は功を奏しコーチシナ総督ポール・マリー・アレ
クシス・ジョセフ・ブランチャード・デ・ラ・ブロス(Paul
Marie Alexis Joseph Blanchard de la Brosse)はサイ
ゴンに博物館を建設する命令書に署名します。

1928年12月
建築家オーギュストデラバル(Auguste Delaval)によっ
て設計された斬新な和洋折衷の博物館が完成します。
展示品の多くは「インドシナ研究会」が収集したもので
す。

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完成当時の博物館

建物のデザインは基本的には北京のイ和園(中国清朝
の夏離宮)をモデルしたと言われています。

建物は中庭を取囲んで建築される中国の四合院建築
方法で、風通しと採光のため、中庭に向けて窓がいくつ
も作られています。八角錐のドーム型屋根の角には龍や
不二鳥が飾られ、屋根の尖塔には4つの玉が天を仰い
でいます。

1929年1月1日
新しい博物館の開所式が行われ、美術館はその建設
命令書に署名したコーチシナ総督の名誉のため「ブラン
チャード•デ•ラ•ブロス美術館」と命名され、管理責任は
フランス極東学院が負いました。

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開館式

1956年5月16日
フランスが撤退するとベトナム共和国の教育省管轄下で
「ベトナム国立博物館」となります。

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ベトナム国立博物館

1970年
建築家Nguyễn Bá Lăngの設計による両ウィングが増
築されます。

1979年8月26日
南北統一後はベトナム歴史博物館(ハノイ)のホーチミン
支店として機能しています。

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現在の歴史博物館

16 (400x299)
ドーム型の屋根

17 (400x299)
八角に飾られている装飾

展示品はベトナムの歴史に沿って展示されています。
- 原始時代
- 建国の歴史
- 中国からの独立戦争 (1-10世紀)
- リ王朝 (11-13世紀)
- チャン王朝 (13-14世紀)
- レ王朝 (15-18世紀)
- タイソン王朝 (18-19世紀)
- グエン王朝 (19~20世紀の中頃 )

18 (300x400)

その他、チャム族、クメール人文化、現在の少数民族の
文化工芸品が展示されています。

この博物館には1947年から1964年までサイゴン国立
博物館で働いていたVuong Hong Senという古美術収
集家のCollectionも展示されていて、18世紀から19
世紀にかけてのBlue and white ceramics 逸品が展
示されています。

展示品の中にはベトナムで発見された「ミイラ」や「水上
人形劇」も見ることが出来て盛りだくさんの内容になって
います。ミイラは1869年に死亡したチャンと言う女性で
ホーチミン市5区で発見されたものです。

この博物館は有料ですが展示品の写真撮影が可能で
す。

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南部ベトナム婦人博物館

Bảo Tàng Phụ Nữ Nam Bộ

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ホーチミンシ3区、ボ・ティ・ソウ通り(Võ Thị
Sáu) 通りにある南部婦人博物館は1983
年共産党政治局の承認のもとに「南部女
性史」の歴史的研究所として設立されまし
た。

その後の学術研究の発展と蔵書の増大によ
り1983年3月8日に博物館として開館しまし
た。

敷地は3000m2あり、女性の活躍を中心と
した蔵書が約11000冊収納されている閉架
式の図書館があります。

ベトナム現代史はフランス、日本、アメリカ、中
国と頻繁な侵略を受けているため、ベトナムの
男性は戦地で多くの時間を費やさざるを得な
かったため、女性が家庭での中心となって働
いていました。
この博物館には建国から現代に至るまで、ベ
トナムで活躍した女性の歴史が展示されてい
ます。

特にベトナムの南北分断後、戦争終結まで
南ベトナムに残って北ベトナムに南ベトナム
の軍事情報を送り続けた女性諜報員
グループの写真は歴史資料をとしてとても
貴重な証明書です。

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北ベトナムに情報を送り続けた秘密諜報員。
Contact Womenと呼ばれていました。

この博物館では展示品の他にフランスコロニ
アル建築を見ることが出来ます。現在、博物
館の事務所として使用されている建物は、フ
ランスの金持ちの邸宅だった建物で、フランス
のベトナムからの撤退後は南ベトナム共和国
の国軍警察長官が邸宅として使用していまし

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美術博物館
Bảo Tàng Nghệ Thuật
ART MUSEUM
97A PHO DUC CHINH,Q1
時間:9時~17時(月曜休館)
11

ベンタン市場の真向かいの道を少し入った右側に美術博
物館があります。この博物館の一番の見所は展示物よりそ
の建物にあります。この建物は大金持ちの華僑、Hui Bon
Hoa(フイ・ボン・ホア)の邸宅でフランスの植民地時代の1
925年にフランス人建築家リベラによって建てられたもの
です。

12 正面
正面

13 側面
側面`

14 中庭
中庭

この時代になると、サイゴンにはフランスの植民地政府に
取り入って、米の運送や精米で財を成した華人が少なから
ずいました。建物の外壁は真黄色で、窓にはステンドグラ
スがはめられフランスのバロック建築風なのですが、華人
の家とあって屋根の瓦や正面入口の両サイドに掲げられた
漢詩の看板に中国文化が取り入れられています。床には
ベトナム産タイルがキッシリ敷き詰められ豪邸の貫禄を具
現しています。

サイゴン陥落後は北ベトナムに接収されたようで、1987年
9月には人民委員会の決定によって美術館として使用され
るようになりました。

この美術館の1,2階は現代ベトナムの絵画やベトナム戦
争をモチーフにした絵画が展示されていますが、特に世界
的に有名な絵画があるわけでもなし、現代ベトナム絵画に
よほど関心がないと印象に残りません。

15  絵画
絵画

この美術館で見るべき展示品は3階で、階段を上りきった
中央展示場にはベトナムの古代作品(陶器、漆、ラッカー
製品)があり、その左右のウィングには4部屋の常設展示場
があります。

16
中央展示場

左ウィングには第7世紀から20世紀初頭までのセラミックと
ブロンズ、右ウィングにはチャム族やクメール族の彫刻、デ
ルタ地方のOcEo美術品、ベトナムの少数民族の伝統的な
手仕事が展示されています。

17
陶磁器

18
ブロンズ像

19
チャム族の彫刻

20
OcEo美術品


正面入り口ではお土産販売店があり、街中の本屋さんでは
置いていない美術関係の出版物やCDなどが販売されてい
ます。

正面入り口の右側にはホアンキエム湖の伝説を再現する
亀とレロイ皇帝の大きな像がひっそりと建っています。

21

ホーチミン作戦博物館
BẢO TÀNG CHIẾN DỊCH HỒ CHÍ MINH
2 LÊ DUẨN, QUẬN 1, TP.HCM

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ホーチミン作戦博物館のある建物は敷地面積が1100平方
メートルある南ベトナム陸軍の高級将校の宿舎でした。19
87年7月27日の国防省通達によって博物館として使用す
ることが正式に決定されました。

サイゴン陥落後は学校として使用されていましたが、1986
年に博物館建設用として人民軍(Military Zone 7)の管轄
に移され、1996年には軍事博物館用に改装され、展示物
の準備がなされて正式に開館しました。

2005年に改装と展示物の充実が計られて現在に至ってい
ます。

内部展示は1975年春の軍事攻勢から、サイゴン陥落の最
終作戦であるホーチミン作戦の作戦内容の図解と写真が
展示されています。

-Highland Campaign
-Hue & Danang Campaign
-Ho Chi Minh Campaign
-Fall of Saigon

作戦内容の展示なので、観光目的の人には人気がなく、い
つも入館者はまばらですが、きっちり入場料10000ドンは
取られます。

この博物館の野外展示は自由に無料で見られますので、
それで十分かも知れません。

戦争証跡博物館の野外展示はアメリカ軍の武器が展示さ
れていますが、作戦博物館の野外展示場にはホーチミン
作戦に参加した北ベトナム軍の軍事車両や大砲、戦車など
が展示されています。

13戦勝記念塔
戦勝記念塔

14  A-37 Plane
A37 PLANE
Under Nguyen Thanh Trung;s command these 5 planes
left Tansonnhat Airport on April 28th, 1975

15  戦車
T54 TANK No.848
The tank of brigade 203 in the attacking force
into the
Independence Palace at 10h30 on April 30th,1975

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ROCKET
One of the rockets of anti-aircraft regiment

サイゴン陥落直前にマジェスティックホテルの最上階の6階
にもこのロケット弾が落ちました。作家の開高健さんはマジ
ェスティックホテルを定宿にしていましたが、この時は既に
帰国していて難を逃れています。

17  130mm
130mmGUN
ONE OF THE GUNS AT NHON TRACH BATTLE TO
ATTACK TANSONNHAT AIRPORT FROM APRIL
29TH,1975 TILL THE END OF HCM CAMPAIGN


18 105mm

105mm GUN
ONE OF THE GUNS WHICH STORMED THE
ENEMY POSITION NORTH-WEST OF SAIGON TO
SUPPORT THE UNIT ATTACKING DONGDU BASE
ディンビンフーの戦いでは、この大砲が最強でしたがベト
ナム戦争では130mmが北ベトナム軍の最強の大砲でし
た。



19  ブルドザー

BULLDOZER
BELONG TO TRUONSON TROOP.
BULL ROAD FROM LOCNINH TO DONG XOAI
SERVED HOCHIMINH CAMPAIGN (AID FROM
CUBA)
小松製作所は武器として輸出したわけではないのでしょう
が。ベンゼン、トルエン、キシレンという石油精製製品も爆
弾の原料なのですが、三井物産はガラスの原料としてアメ
リカに大量に輸出しました。

このような例はたくさんあります。憲法によって日本はベト
ナム戦争に参戦は出来ませんでしたが、実態はアメリカと
共同正犯ですね。でもアメリカは御報美として沖縄を返還し
てくれました。(個人的見解)

戦争証跡博物館 ベトナム戦争の実態
戦争証跡博物館
WAR REMNANTS NUSEUM
BAO TANG CHUNG TICH CHIEN TRANH
バオタン チュンティック チエンチャン
場所:28 VO VAN TAN, Q1

1975年9月に設立。
当初はアメリカ傀儡戦争犯罪展示館と呼ばれていたが、観光上の理由で穏やかな名前に変更された。
昔の米軍情報省の建物を博物館として使用している。

内部展示場と外部展示場に分かれており、外部には戦争に使われた米軍の戦闘機、戦車、大砲、
爆弾が展示され、野外の別棟にはフランス軍の使用した処刑道具のギロチン、拷問道具、コンソン
島にあったトラの檻と呼ばれていた刑務所の部屋を再現している。

内部にはアメリカ軍のミーライ大虐殺やベトナム全土に無差別にばら撒かれた枯葉剤の被害写真
が展示されています。

日本人の軍事写真家、石川文洋氏の写真も彼の言葉とともに展示されている。

以下は石川文洋氏の言葉
「戦争は一人でも多く相手を殺すことである。だけど、自分は助かりたい。このことを、
神はどう考えているのだろうか」

この博物館に来れば戦争の悲惨さと、犠牲者はいつも一般市民であることを強烈の感じさせてくれる。

この博物館を見学するだけでもホーチミン市に来た価値があります。

10パンフ1  11パンフ2  12正面1



13独立宣言1  14独立宣言2  15パリ和平会談
13,14 1945年の独立宣言
15   パリ和平会談


16戦車突入
16 サイゴン陥落の歴史的瞬間



投入された兵器
20兵器 (1)  21兵器 (2)  22兵器 (4)



23兵器 (5)  24兵器 (11)  25兵器 (12)



26兵器 (13)  27兵器 (14)  28兵器 (15)



29兵器 (16)  30兵器 (17)  31兵器 (18)



32兵器 (19)  33兵器 (20)  34兵器 (21)



35兵器 (22)



投下された爆弾
40爆弾1  41爆弾2  42爆弾3


戦争の実態
50写真 (1)  51写真 (2)  52写真 (3)



53写真 (4)  54写真 (5)  55写真 (6)



56写真 (7)  57写真 (8)  58写真 (9)



59写真 (10)  60写真 (11)  61写真 (12)



62写真 (13)  63写真 (14)  64写真 (15)



65写真 (16)  66写真 (17)  67写真 (18)



68写真 (19)  69写真 (20)  70写真 (21)



71写真 (22)  72写真 (23)  73写真 (24)



74写真 (25)  75写真 (26)  76写真 (27)



77写真 (28)  78写真 (29)  79写真 (30)



80写真 (31)  81写真 (32)  82写真 (33)



83写真 (34)  84写真 (35)  85写真 (36)



86写真 (37)


日本人従軍記者 沢田さんの遺品
90沢田 (1)  91沢田 (2)  92沢田 (3)



93沢田 (4)  94沢田 (5)



枯葉剤の悪夢
100枯葉剤 (1) 101枯葉剤 (2) 102枯葉剤 (3)



103枯葉剤 (4) 104枯葉剤 (5) 105枯葉剤 (6)



106枯葉剤 (7) 107枯葉剤 (8) 108枯葉剤 (9)



109枯葉剤 (10) 110枯葉剤 (11) 111枯葉剤 (12)



112枯葉剤 (13) 113枯葉剤 (14) 114枯葉剤 (15)



115枯葉剤 (16)



刑務所とギロチン
120刑務所 (1) 121刑務所 (2) 122刑務所 (3)



123刑務所 (4) 124刑務所 (5) 125刑務所 (6)



126刑務所 (7)
126 ギロチン処刑場に向かう

















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