べトナム ホーチミン 情報 日常生活
ホーチミン市を中心にベトナムの歴史や町の様子をお送りします。
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2013年 クリスマスの飾りつけ
2013年 クリスマスの飾りつけ

ホーチミン市1区中心街(サイゴン)のオブジェで
す。娯楽の少ないこの国では、クリスマスに宗教
色はまったくなく、オブジェの前で写真を撮って
楽しむのが恒例行事になっています。

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グエンフエ通りの飾り付けです。

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植民地時代の食事風景
基本的にベトナムは箸文化ですが、現在の都市部では箸に
加えてスプーンが使われています。
箸だけしか使わない食事文化は「日本独自」の文化だそうで
す。

フランス植民地時代の庶民の食事風景です

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サイゴンの美術博物館に行くと、大金持ちの食卓が展示さ
れています。

中秋の名月と月餅商戦
Tết Trung Thu 節中秋

中国文化の影響が色濃く残っているベトナムでは、旧暦によって中秋節を祝いますが、日本の「中秋の名月」を眺めるのとはちょっと習慣が違っていて、基本的には子供達のお祭りのようです。

2012年の中秋は新暦で9月30日になります。

伝説の多いベトナム。ベトナムでの中秋節の起源もクイ(Cuội)の伝説に基づいています。

<クイの伝説>
クイの妻はうっかり聖なるガジュマルの木に尿をして、木を冒涜してしまう。そしてその木の枝に座った時、木は成長を始め、とうとうクイの妻を載せたまま月まで伸びてしまった。毎年中秋節の間、子供たちは灯籠を灯して行列を作り、クイの妻に地上へ帰る道を教えているのだそうです。

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伝統的な五芒星の灯籠を持ち中秋節を祝うベトナムの子供たち


しかし商売熱心な華人は路上にデコレーションされた臨時の店舗で月餅をあちこちで売ります
月餅は丸いものより、四角いものが多く売られています。
種類も日本の比にならないほどたくさんありますが、値段はベトナムの物価水準からすれば高価です。

月餅を売っている大手の会社には「キンドー社」と「BIBCA社」があります。ホーチミン市の証券取引所にも上場していて、株価収益率が高いので有名です。

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ベトナムの月餅は高いので、「月見うどん」でも食べながら芭蕉の句を吟味しましょう。

「名月や池をめぐりて夜もすがら」  


中秋節の前や最中には獅子舞が町に繰り出します。獅子舞のグループは通りで踊り、家を訪れては踊ってもいいか尋ねます。もし許可があれば獅子が家の中に入って踊り、家のために幸運を祈ってくれます。家主は感謝を込めて、ご祝儀の金銭を渡します。

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日本の獅子とは種類が違います

お歳暮

現在の日本では虚礼廃止の習慣が定着し、昔
に比べればお歳暮は少なくなってきていますが、
ベトナムでは「贈答文化」と言う言葉があるくらい
に、まだまだ色濃くお歳暮の習慣が残っていま
す。逆に「虚礼廃止」などと言う言葉は聴きませ
ん。

特に上司や先生にお歳暮を贈るのと、贈らない
のでは、あからさまに将来の出世や子供の成績
に響くようです。

以前はテト1週間ぐらい前から高級官僚の家の
前には公用車の青ナンバーがずらりと並んだそ
うですが、さすがに現在は郵送によるお歳暮に
変わっているそうです。

にわかには信じられなかったのですが、公務員の
給料は安いので、上司には「公金でお歳暮を買
うことが不文律となってしまった」という記事があ
りました。日本では立派な犯罪になってしまいま
す。

ベトナムの歴史を紐解けば、紀元前111年から
約1000年もの間、中国の王朝の支配下にあ
り、やっと西暦938年にゴ・クエンという人が中
国の南漢軍を破り、ベトナム人の王朝になったと
あります。

その後は1945年まで、短期間、中国に占領さ
れたことはありましたが、ベトナム人王朝が続くの
ですが、ほぼすべての王朝が中国の王朝に朝貢
したとあります。

ベトナム最後の王朝、グエン王朝の初めごろま
では、アジアとかヨーロッパなどと言う概念はベト
ナムには無く、中国が世界を支配しているように
感じていたのだろと思いますが、国家の名前も中
国の王朝にお伺いを立てて許可をもらい、毎年
ベトナムの皇帝に特産品を送り、「現在は私が
ベトナム国を治めていますので、よろしくお願いし
ます」と挨拶をしていたのですから、贈答品を送
る習慣はとても長い伝統があります。

そういえば日本も昔、中国から「倭の国の国王」
とかの印鑑を中国からいただいたとか。

ベトナムでは旧正月近くになるとスーパーや露天
の雑貨屋さんで庶民用の贈答用バスケットを売
出します。

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スーパーの贈答品メニュー

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安いのはこの位から

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高いのはこの位まで

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いつもの露天食堂も贈答品売り場に早代わり

【ベトナム サイゴンのテト(旧正月)】
ベトナムのお正月は旧暦の1月1日なので新暦
では毎年1月末頃から2月初旬頃の間で、毎
年お正月の日が変わります。新暦の1月1日は
「新年」で旧暦の1月1日は「お正月」、ベトナム
語では「Tết Nguyên Đan」(テトグエンダン、略し
て「テト」と呼ばれています。日本では旧正月と呼
びますが、この呼び方は日本でしか通用しませ
ん。 

国が定める祝日は大晦日から旧暦の1日から3
日までの4日間ですが、実態は旧暦7日が仕事
始めなので、1週間はほとんどのお店や会社はお
休みです。

中国が元祖の旧正月、旧正月が祝日になって
いるのは、中国の他に台湾・韓国・北朝鮮・ベト
ナム・シンガポール・マレーシア・インドネシア・ブル
ネイ・モンゴルがあるそうです。休日にはなってい
なくても、中華街のある国ではお祭りが行われて
います。


【旧正月の意味】
ベトナムでは「テト」は一年中で最も大切なj行事
です。それはベトナムの家族制度と祖先崇拝に
起因しているようです。
ベトナムの人々はどんなに成功して立派になって
も、「テト」には両親へもとに帰り、家族とともに過
ごすことが大切な習慣となっているのです。
宗教的にも「テト」の期間には祖先の魂が帰って
来て、現世の子孫と一緒に新年を迎えると考え
られており、祖先にご馳走するため仏壇に毎日
お正月料理を供え、祖先が食べた後、祖先から
の贈り物として家族が食べる習慣なのです。


【帰省】
故郷を離れ仕事をしている人の多くは「テト期間
中」は実家に帰ります。そのため交通機関は大
混雑しますが、列車が発達していないベトナムで
は、バスがもっぱらの帰省の主役です。長距離
バスの運賃はこの期間値上がりします。

ドイモイ政策(市場開放政策)以降は、海外に
いるベトナム人(「越僑」と呼ばれています)も本
国に帰ってくるようになりました。


【竈(かまど)の神様の日(吐君節 NGÀY TẠ́O
QUÂN LÊN TRỜI)】
ベトナムの台所には女神一、男神ニの三神の
「かまどの神様」がいて、各家庭の守り神になっ
ています。神様は旧暦12月23日に、各家庭の
1年間の善悪を鯉に乗って閻魔大王に報告に
行くとされています。各家庭では、神様が大王に
会いに行くのに必要なもの(紙で作られた神様の
冠、靴、お金など)を庭先で燃やし、河に鯉を放
流します。そして良い報告をしてもらうために門
前に供え物をします。   

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これはちょっと大掛かりな「かまど」の日ですが。

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神様のいない間はピンク(北部)や黄色(南部)
の花を門前に飾り、厄除けにします。

この日以降、大掃除や壁の塗り替えなど、「テ
ト」を迎える準備に入ります。


【テトの花と花市】
テトの時期になると、町のあちこちで花市場が立
ちます。ベトナム北部ではピンク色のホアダオ
(Hoa Dao 桃の花)、南部では黄色のホアマイ
(Hoa Mai 梅の花(正確には梅の花ではありま
せん)がテトの象徴花として各家庭の軒先に飾
られます。テト中に満開になると吉兆とされていま
す。ホアダオやホアマイの木に吊るす正月飾りは
金と赤で彩られており、見た目も鮮やかでいかに
も正月気分満点なのですが、いかにも中国風と
いうかベトナム風というかほとんどは健康や幸運
よりも商売繁盛を願うものばかりです。

そのほか金柑もお金がたくさん入ってくるように軒
先に飾られます。

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商店には銅銭そのものも飾られます。レタントン
通りの「ピザハット」の入り口

テトの花については伝説があります。「引用」
昔の伝説によれば北部にあるソック山(NUI
SOC)の東に巨大な桃の木があった。その桃の
木の上にチャーとウァットルゥイLUY>という神様が住んでおり、付近一帯の住民
を悪魔から守っていた。悪魔達はその二人の神
を恐れていたため桃の木を見るのも嫌だった。し
かし毎年テトの終わりに二人の神様は会議に出
席するために天国に帰らなくてはならず、この期
間は悪魔達が人々を脅かす絶好の機会となっ
ていた。そこで人々は悪魔達と戦うために、桃の
枝を家に飾って悪魔を追い払うことを思いつき、
それ以来北部では桃の花をテトの期間に飾るの
が習慣となった。桃の枝を飾れない家はTRAと
UAT LUYを紙に描いて家の前に貼り厄を払う。

南部では黄色い梅の花(HOA MAI)がテトのシン
ボルで、テトの花が門前にたくさんあればあるほど
幸運おたくさん訪れると信じられています。


【序夕の礼】
旧暦12月29日~30日、正月に向け鶏肉入り
のオコワや豚肉の供物をする期間。


【大晦日】
大掃除、テト料理の準備、飾り付けはこの日迄
に終わらせなければいけません。

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ベトナムには各年の神様がいるようで、「年神」と
呼ばれています。大晦日jにこの「年神」の交代
が行われるので、各家庭では家の前にテーブル
を置き(この祭壇はハンキエン と呼ばれます)。
祭壇には年神を象徴しているオコワと鶏の丸焼
きが置かれ、ロウソクが灯されます。

「年神」は道教の最高神「玉皇上帝」の部下で
十二支にそって12柱あります。

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「年神」交代の供え物

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「年神」交代の供え物


【汽笛と花火】
大晦日の24時。サイゴンでは汽笛とともに花火
が15分間打ち上げられます。

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花火がよく見える大通りにはバイクが殺到
します。ティサック通り


【初詣/ハーイロック  レチュアダウナムCHUA DAU NAM>】
旧暦1月1日の夜明けからは初詣に行く人がい
ますが、現在ではバイクに乗っていくことになりま
す。参拝してから寺社に植えられた若木の枝を
折って家に持ちかえるのが風習でしたが。現在
はサトウキビを買って持ちかえるのが一般的で
す。
寺院では書道家が腕をふるっているそうです。


【元日/春節】
元旦は、祖先や祖父母のためのテトとされていま
す。これは目上から幸福を受け取る順序がある
からといいます

テト初日朝一番で各家庭の主婦は先祖へ普段
より豪華なお供え物をし、祭壇に線香をあげ、西
瓜などの果物5種類や、バインチュンなどのテト
料理を並べ、線香の煙と一緒に紙に印刷したお
金や生活必需品一式を燃やして先祖へ届けま
す。そして玄関は開けておきます。これをしないと
先祖はこの世に戻って来られません。

子供達は両親・祖父母・先祖に年始の挨拶し
ます。その際大人たちは子供達にお年玉を渡し
ます。


元日にはいくつかの決まりごとがあります
1.ベトナムでは新年最初の客がその年の運勢を
決めるといわれていいます。悪いことがおこると
年の最初の客人のせいにされることもあります。
最初の客にならないように、午前中は外出を
避けます。 
2.元日に怒ったり人の悪口を言ったりすることは
タブーとされています。
3.元日はゴミを外に出してはいけない。
4.元日には新しい服を着るようにする。

お昼近くになると子どもたちは洋服を着替えてパ
ーティーを開催します。
翌日はまた別の兄弟の家に行き、カラオケパー
ティーをしたりしながら、持ち回りで各家で楽しむ
のです。テト正月は、ベトナムの家族にとっては、
とても大切な、家族の絆を強めるイベントなので
す。


【お年玉】
ベトナムには年賀状を出す習慣はありませんが、
お年玉を渡す習慣はあります。
ムントゥオイ(Mung Tuoi(南部ではリーシー Li
Xi)は、お年玉で、これをもらうと、新しい年に幸
運が訪れるとされています。
入れるお金は新札で、赤色の種類の紙幣が喜
ばれるそうです。

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お正月用の飾りつけを売る露天商。お年玉袋も
売っています。


【お正月料理】
「テト」の食卓には「テト料理」と一緒に必ず果物
が添えられます。中でもスイカは伝説にもとづいて
欠かせない果物です。スイカは伝説により富と権
力の象徴とされています。

テトを代表する食物といえば、「バインチュン
Banh Chung」と呼ばれるちまきのほか、豚角煮、
漬物各種、高菜、子たまねぎ、ラッキョウ、
もやし、竹の子の煮物、肉詰めニガウリの
スープ、ベトナム風ハムなど、保存の効く料理が
たくさん用意されます。

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お正月料理の一部

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竹の子の煮物
ベトナムで竹の子料理で迎えられたら最高級の
客を意味します。


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苦瓜の肉詰めスープ
つばめのスープやフカひれのスープに匹敵します

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おしんこ各種


テト期間中の来客にふるまわれるお茶請けのお
菓子にはココナッツやハスの実、ショウガの砂糖
漬けなどが中国風の区切られた大皿にのって出
されます。

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バインチュンは北ベトナムでは四角形で緑豆と豚
肉が入っているのが一般的ですが、中南部では
「バンテトBanh Tet」と呼び、円筒形をしています。
具も小豆を使った赤飯風味やココナッツ、バナナ
風味のものなどいろいろなバリエーションがありま


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バインチュンは現在もお正月料理のメインです

「バイチュン」には有名な伝説があります。
紀元前のベトナム建国の王、雄王の16年の時
に、子供たちが22人いました。その中から跡継
ぎを選ぶために、一番美味しい料理を献上した
王子を跡継ぎにすることになりました。

上の兄弟たちは、沢山の召使に命じて国中の
珍味を集めて料理を作らせましたが、一番年下
の22番目の王子だけは、自分の水田で取れた
もち米を使って作った特別な料理を献上したそう
です。

その料理がバインチュンです。雄王は、自分の土
地で取れる米を使って美味しい料理を作った22
番目の王子を気に入り、跡継ぎにしたそうです。


スイカの伝説
ベトナムの伝説の皇帝、雄王の王子が王様の
怒りを受けて島流しになりました。王子は島で珍
しい果物を発見して、沢山育ててその果物を販
売してたいへんな富を築き、最後には雄王に許
されて、皇帝になったという物語だそうです。

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ベトナムで普段売っているスイカは長細いのです
が、お正月は結構丸いスイカが出回ります。

スイカの他にはバナナは家を守り、柿やみかんな
ど赤みを帯びた果物は成功を表すといわれてい
ます。

料理の脇には春を意味する梅や桃の木などが
おかれて、木の枝にはテトの伝統的な短冊が飾
り付けられます。


【テト期間中の催事】
サイゴンのグエン・フェ通りは毎年フラワーロード
になります。

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フラワーロード

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フラワーロード


中国文化の影響を色濃くうけているベトナム
では、太鼓のリズムに合わせた中国風の獅子舞
や、龍の舞はお祭りに必須の演目です。

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日本の獅子とは随分違います

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マジェスティックホテルの玄関前


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龍の舞  ハイバチュン通り

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何というのか忘れました  ハイバチュン通り

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古典楽器の演奏  シェラトンホテル前

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地方では餅つきも見られます


【開賀節】
旧暦 1月7日、正月明けの仕事始めの日。
法定休日は旧暦12月30日から1月3日の4日
間ですが、ほとんどの会社は1月6日まで7日間
お休みになります。


【元宵節(げんしょうせつ)/灯籠節】
春節(旧正月)から数えて15日目で、最初の満
月の日です。灯籠を飾り、「元宵団子」と呼ばれ
る餡の入った団子を食べながら、1年の幸運を
祈ります。

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36枚の銅銭を水を張った洗面器に投げ入れ、
吉凶を占います。18枚以上が表向きだと吉です
が、ベトナム人は凶の場合には吉が出るまで何
度でも繰返し行なってしまいますので、占いと言
うより、儀式です。この儀式はテレビでも放映され
たことがありますが、もう都会では行われていない
ようです。

正月気分はこの日を以って終了します。

ここで勉強したのは、ベトナムの伝統的な「テト」
の儀式で、現在はこの通りに行われているわけで
はありません。

現在のサイゴンは建設ラッシュで、旧正月の祭
事は年々、少しづつ伝統的な行事が希薄化して
きています。毎年実施されているグエンフェのフラ
ワーロードの人盛りも今年は急激に減ってしまっ
ています。



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